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雨樋

(この文章は、2021年5月にメルマガに掲載された記事を再編集したものです。)

深夜0時32分、雨樋(あまどい)からポタポタと水の滴る音で目が覚めた。きっと詰まりを起こした雨樋の中で、雨水が染み出すその度に大袈裟な音を立てて落ちているのだろう。しかし困った。明日、というか今日は仕事で早起きをするためにしっかり早寝をしていたのに、まさか雨樋ごときに眠りを妨げられるとは。絶妙に耳障りな音量で、木魚のように一定間隔の音を出し続けている。いっそトンチのひとつでも浮かべば良いのだが。

寝ぼけ眼でスマホを手に取り、「雨樋 うるさい」とやや感情的な検索ワードを打ち込む。するとやはり原因はおそらく雨樋の詰まりであること、そして今すぐに解決する術はなさそうだということがわかった。こうなったら、もう雨樋の音を気にしないようにするしかない。しかし「雨樋の音を気にしないようにしよう」と思うほどに、雨樋の音ばかりが気になってしまうから皮肉だ。少女漫画のヒロインが、「なんなのアイツ!最低!」と思っているうちに恋に落ちてしまうのと似ている。

ならば逆に思いっきり雨樋のことばかり考えてみようということで、今この文章を書いている。様々な原稿に追われて手をつけられずにいたメルマガも更新できるし、ちょうどいい。頭が冴えてしまうので、普段は夜に文章を書くことを避けているが、今日だけは特別だ。なんてったって雨樋がうるさいのである。「雨樋」をテーマに文章を書くことなんて後にも先にもないだろうし、この際真っ正面から雨樋と向き合ってみようじゃないか。

深夜1時23分、雨樋は相変わらずポタポタと規則正しく音を立てている。目覚めてから1時間近く経過しているが、音は一向に止む気配がなく、これはきっと朝まで鳴り続けるのだろうと覚悟を決める。ここで白状するが、私はついさっきまで雨樋が雨樋という名であることを思い出せずにいた。「なんて言うんだっけ、あの、屋根から落ちる雨水を流す管…」としばらく考えて、「ああそうそう、雨樋」と思い出した。

こういうことでもなければ、普段の生活で雨樋の存在を意識することなどない。ここでひとつ素朴な疑問が生じて、私は再び検索ボックスに言葉を打ち込む。「雨樋 無いとどうなる」。雨樋には申し訳ないが、正直雨樋って家の中で一番無くても良さそうなパーツだ。だって、今までの人生でほとんど雨樋を意識したことなどないのである。それはあっても無くても良いということなのではと、私はふと思った。

「雨樋があれば雨水は雨樋を通じて排水溝に流されますが、雨樋がなければ全て軒下に流れ落ち、跳ね返った雨水や泥で外壁が汚れます。外壁や基礎にひび割れがあれば、雨水が外壁や基礎の内部まで浸入する可能性もあります」。検索してすぐに、私は心の中で雨樋に詫びた。雨樋、めちゃくちゃ重要でないか。無くても良いとか思ってごめん。人知れず家の外壁を守ってくれていたなんて。ちょっとやそっと音がうるさいくらい、多めに見てやりたい。

と思ったら、あれ、音が止んでいる!いつの間に!なぜ!?…しかし困った。せっかく音が止んだというのに、こんな文章を書きだしたせいですっかり頭が冴えてしまった。時刻は間もなく2時になろうとしている。起床時刻まであと3時間、頭の中の雑音は一向に止む気配がない。外は静かだ。雨樋の音のひとつでも聞こえてくれば、ちょっとは気が紛れるのに。

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