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楽しい参院選 笑顔が見えた選挙

 7月8日、奈良県奈良市の近鉄・大和西大寺駅前で実施されていた自民党の街頭演説会に安倍晋三元首相が応援弁士として登壇。演説開始から約1分後、安倍元首相は凶弾に倒れました。安倍元首相は搬送先の病院で死亡が確認され、社会全体に衝撃が広がっています。

 政治的な言論を暴力・武力で制圧することは断じて許されることではありません。昨今、為政者による市民の発言を封じ込める動きが加速していますが、それが一国の宰相でも同じです。

 今回の件は情報が錯綜しており、現段階では情報は断片的で、全容は把握されていません。そのため、この事件が言論封殺ではない可能性もあります。

 それでも、政治家が狙われたことは事実です。また、暴力・武力が用いるられたことも事実です。政治家が能力・武力で亡き者にされることは、それこそデモクラシーの否定につながります。

 選挙を、政治を、社会を、そして私たち一人ひとりの存在を踏み躙る行為です。亡くなられた安倍さんに弔意を示したいと思います。

 本稿は、私がたびたび寄稿している「NEWSポストセブン」に選挙後のサブストーリーとして掲載する予定で書き進めていた原稿です。政治的なトピックスではありますが、候補者たちの笑顔に着目して選挙を捉えるという内容でした。

 今回の凶行により、掲載を見合わせたいとの連絡を編集部からいただきました。

 編集部の掲載を見合わせるという判断に、私は異を唱えるつもりはありません。不満もありません。元首相が銃殺されるという、戦後の政治史においてエポックメイキングな出来事です。

 そちらのニュースを優先するのは当然の話です。また、笑顔というキーワードで語られた本稿は不謹慎との誹りを受けることも考えられます。編集部の決定は、当然の判断と考えています。

 以下に掲載した原稿は凶行が起きる前に取材・執筆したものです。本稿の趣旨である「選挙を楽しむ」といった内容が、今回の惨状のタイミングから考えても不適切であり、それを公の媒体で発表することに二の足を踏むことは当然でしょう。

 一方、暴力・武力に屈しないとことを表明するためにも、「選挙は楽しい」と発信する候補者たちを取り上げ、私たちの一票で政治・社会を変えるという選挙という営みを否定するわけにはいきません。

 政治に無関心で生きることはできても、無関係で生きることはできません。だったら、政治をできるだけ楽しんだ方がいいのではないか? そう考える候補者たちがいてもいいはずです。

 多くの候補者たちが、猛暑の中で精魂を使い果たして戦いました。それをなかったことにするわけにはいきません。候補者たちの記録を、別の形で残すことも意義のあることだと考えます。

 繰り返しになりますが、安倍晋三元首相に対する行為は卑劣かつ許されません。もちろん、安倍元首相だけではなく、全政治家、いや全国民、もっといえば地球上に生きる全人類に対して暴力・武力で口を塞ぐ行為は断じられなければなりません。

 本稿は7月8日の事件が起きる前、7月4日時点で書いたことに留意しつつ、お読みくだされば幸いです。

(※再掲にあたって、改行や表記などを一部で改めている部分はありますが、基本的に文章は編集部に送稿したものと同じです。そのため、現在と状況がそぐわない部分もあります。

 また、note掲載にあたり安倍晋三さんに弔意を示すため、冒頭の文を加筆しました。本文とは無関係ですが、私が撮影した安倍晋三さんの最後の姿をヘッダー画像に使用しています)

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マスクが消えて、笑顔が戻ってきた参院選


 6月22日に公示された参議院議員選挙は、7月10日の投開票で幕をおろした。35度を超える猛暑日が続く中、候補者は支持拡大のために各地を駆け回った。

 今回の参院選では、ロシアのウクライナ侵攻によって再び議論の的となっている憲法改正や物価高対策、30年間にわたって上がらない賃金の問題、参院選の公示日直前に厚生労働省が発表した合計特殊出生率が1.30まで下落したことを受けての少子化問題などが争点になった。

一方、2020年から感染が拡大した新型コロナウイルスにより、いまだ私たちの生活は閉塞した状態にある。その立て直しも政治的急務とされた。

 各候補者が舌戦を繰り広げた参院選では、2021年に実施された衆議院議員選との大きな変化も見られた。そのひとつが、候補者がマスクをはずして演説していることだ。

 コロナ禍の真っ只中にあった2021年の衆院選では、多くの候補者がマスクを着用して臨んだ。街頭の掲示板に貼られたポスターでは顔全体が見えるのに、実際の街頭演説では顔の半分が隠れている。そのため、顔と名前が一致しない候補者も多く、有権者の間にも戸惑いが見られた。

 候補者の顔と名前がリンクしなければ、投票に結びつけにくくなる。「候補者は政策で選ぶもの。顔で選ぶなんておかしい!」という指摘もあるだろう。それは正論だが、掲示板や街角に貼られたポスターを見れば、顔や見た目で選ぶ有権者は珍しくないことがわかる。

 なぜなら、候補者たちは一票でも多く得票するために若い頃の写真を使ったり、画像ソフトで修正を重ねたり工夫して好印象を与えようとしているからだ。

 マスクをはずす候補者が増えた今、再び候補者の見た目は選挙を左右する重要なファクターになった。ここでいう見た目とは、顔の美醜を意味しない。候補者が選挙活動の合間に見せる表情のことだ。その表情が有権者に与える印象を大きく左右する。

 選挙は、偉い人が小難しい話をしているというイメージが強いかもしれない。だから、候補者は真面目に政策を語り、その表情は険しい。もちろん、政策を真剣に伝えることは大事だろう。しかし、選挙活動中はずっと険しい表情をしていては有権者から共感は得られにくい。

 東京選挙区から無所属で出馬した乙武洋匡候補は、公示前におこなった渋谷駅前の街頭演説で「選挙は楽しい」と話した。実際、筆者は繰り返し乙武候補の街頭演説に足を運んだが、表情は生き生きと輝いていた。選挙を心の底から楽しんでいることを実感させられた。

上野・アメ横を練り歩いて、支持を呼びかける乙武洋匡候補

 選挙を楽しむと表現すると、有権者からお叱りを受けるかもしれない。しかし、過酷な選挙を楽しんでいるように見えるのは、かえって心強いと受け取る有権者も少なくないので、効果的なこともある。そういった選挙を楽しんでいるかのよう見える候補者はほかにもいる。

顔全体が重要な手話通訳

 自民党から全国比例で出馬した今井絵理子候補は、選挙直前に怪我を負い歩行が困難になった。選挙戦では車イスや松葉杖をつく様子も見られたが、集まった支援者を前に選挙カーの上に登り、演説しながら持ち前の手話で通訳することも忘れなかった。

 今井候補は息子さんが先天性難聴というハンデを負っており、参議院議員になる前から障害者支援に取り組んでいた。初出馬の6年前から、筆者は今井候補の街頭演説を繰り返し取材している。そのときから手話を交えた演説をしていたが、再選を目指して出馬した今回の選挙では今井候補の手話には磨きがかかっていた。

 手話は手の動きだけではなく、口の動きも重要になる。そのため、手話通訳者はマスクを着用できない。今井候補は手話を交えて演説するだけではなく、応援弁士が演説している間も手話の同時通訳をする。

 また、支援者と写メを撮るなどの触れ合いタイムのときも手話で会話することを忘れない。そのため、今井候補はマスクではなく、口元が見える透明のマウスシールドを装着して街頭演説に臨んでいた。そうした聴覚障害者への配慮から、今井候補の街頭演説には聴覚障害というハンデを負っている支援者たちが多く集まっていた。

今井絵理子候補は街頭演説で手話で通訳もする。

 乙武候補は作家として活躍し、今井候補は元SPEEDという歌手活動をしていた経歴がある。両者は、いわゆるタレント候補と呼ばれる存在で、その選挙活動はテレビ・新聞などでも注目されやすい。

正式な政党ではないために、埋もれた参政党

 そのほか、今回の参院選では自民党や公明党、立憲民主党・共産党・日本維新の会といった主要政党の動向が大きく取り上げられた。一方、テレビが取り上げることはなかったものの、ネットを中心に支持を広げた政党がある。それが、参政党だ。

 参政党は政党助成法における政党要件を満たしていない。そのため、厳密には政治団体として扱われる。政党要件を満たしていないことを理由に、参政党がテレビ・新聞各社の討論に呼ばれることはなかった。

 それでも、参政党は多くの党員・支持者を集めるまでに勢力を拡大。公示日には、東京・新橋駅前で第一声をおこなった。筆者は、その現場に居合わせて取材をしている。

 参政党は、コロナに対して「過剰な社会的規制を緩和し、一日も早い経済社会の正常化を図るべき」とのスタンスを貫く。そのため、候補者はノーマスク。支援者の多くもマスクを着用しない。

 マスク非着用ということもあり、全候補者の顔はハッキリと見ることができる。参政党の事務局長で全国比例から出馬した神谷宗幣候補は、筆者からの意地悪な質問にも満面の笑みを崩さなかった。

 支持者は参政党の政策に共鳴している人が多いとされるが、神谷候補の笑顔に接し、この笑顔に惹かれている支持者も少なからずいると確信させられた。

参院選で台風の目となった参政党 神谷宗弊候補は、参政党の顔として表に立つ

 ほかにも笑顔を絶やさない候補者はたくさんいる。特定の候補者を応援している人なら「◯◯候補者の方が素敵な笑顔だ!」とった声も出るだろう。しかし、今回の参院選は連日にわたって35度を超える日が続き、各候補者たちから体力と精神力を奪った。

 それほど過酷な状況だったので、選挙取材を続けていくうちに候補者たちからはどんどん笑顔が消えていった。選挙戦の後半では、応援に駆けつけた同僚議員やタレント・文化人といった応援弁士の笑顔が目立っていた。

笑顔と選挙

 選挙と笑顔を語る上で、絶対にはずすことができないのがスマイル党総裁のマック赤坂さんだろう。マック赤坂さんは奇抜な選挙スタイルで、各地の選挙に出まくった。マック赤坂さんはキワモノ扱いされることが多かったが、選挙を経るごとに公約はブラッシュアップされていった。

 筆者はマック赤坂さんの選挙戦も長らく取材をしていたが、その政策の柱は「スマイルで年間3万人の自殺者を減らす」というものだった。その政策理念が広まるまでには時間を要したが、2019年にマック赤坂さんは念願の東京都港区区議会議員選挙に当選している。

 スマイル党の理念は、今回の参院選に出馬した込山洋候補が受け継ぐ。込山候補の街頭演説にも足を運んだが、多くのギャラリーが足を止めて演説を聞いてくれるという状況ではなかった。それでも少しずつ支援者が増えて、選挙活動を手伝うボランティアの姿も目にするようになった。

師匠直伝のスマイルで選挙を戦った込山洋候補

 笑顔で投票を決める有権者はいないだろう。しかし、政治家の笑顔は多くの人たちを勇気づける威力を持つ。政治家も人間だから落ち込むことはあるし、機嫌が悪いこともあるだろう。

 険しい表情や仏頂面の候補者よりも、明るい表情で生き生きと活動している候補者に一票を投じたいと考える有権者は多いはずだ。

 参院選が終わったばかりの今、大きな国政選挙は当分の間はないとされる。それでも、来年には統一地方選が控えている。その頃には、今以上にコロナが落ち着くだろう。マスクをはずす候補者も増えるに違いない。多くの政治家から笑顔が見られることを期待したい。

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