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地元

 地元は、私鉄沿線の街。この看板はその地元にあるキャバクラである。
 私鉄沿線のキャバクラとしては、一部では有名なようで、超有名なBBSに確か板があるはずだ。私はちゃねらーではないので、細かくチェックしていないが。だから、わかる方はここがどこかわかるだろう。私は行ったことがない。地元を離れてからできたためもある。隣町の協和グループの店は、訪れたことがあるが。ちなみにこの協和グループ、歌舞伎町や池袋の有名店に働いていたり、独立系の男になった男子スタッフを、結構、排出している。
 
 最近できた指名嬢が、この地元の生まれであった。中学校など地元の話で盛り上がる。こういった経験は初めてだ。指名嬢の年齢は、私の半分以下である。20年前に地元で飲んでる時は、同級生や先輩、後輩と「キャストと客」という形で出会ったことはなかった。この20年で、指名嬢の年頃の子たちの「水商売」というものに対しての意識が、変わったのであろう。指名嬢は、今でも地元に両親と生活しており、昼職も持っている。「なぜ、お水やっているの?」などという質問は、してもしょうがないのでしない。しかし、彼女が結婚するとき、お水バイトを「なかったこと」にしようとするだろう。これと、現在のしんどさ(ここで、何度も書いたが、お水は「割のいい仕事」と言えるほど、簡単なものではないはず。全員にではないかもしれないが、体や心に大きな影響を与える「リスク」がある)から得られる対価が、指名嬢の中で、どうつながっているのか。
 最近、「名前のない女たち2」 /著作:中村淳彦(宝島社文庫)を読んだ。この分野の本は、指名嬢がそうだったこと(「モニターの向こうに」 で触れた指名嬢)をきっかけにして読み出し、この初巻 も読んでいるし、永沢光雄の「AV女優」 「AV女優2」 (いずれも文春文庫)も読んでいる。
 そこに書かれる彼女たちの生い立ちから、リスクを冒す「理由」を理解してしまうことは、簡単だ。狭い島国に単一民族(正確には違う)が暮らす日本では、「(相手の立場を)わからないはずはない」と思いこんでいる。だから自分と違う立場の人に会ったとき「わかる理由」を探す。そして、もっともらしい理由(一番もっともらしい理由が生い立ちだが)を見つけ、わかったふりをする。それぞれの作者もその著作の中で述べているが、理由なんて、この程度(短いインタビュー)では、わからないのは当たり前なのだ。このことを、これらの著作は教えてくれる。しかし、大好きな子たちが、リスクを冒して取り組んでる理由を、私は知りたい。
 
 指名嬢のことを本当にわかる日が来るのか。というか、すべてをわかる必要がキャバクラ遊びにあるのか。答えはすでに出ている。もはや死語だが「野暮」というものだ。
 それでも、惚れた指名嬢、熱くなっている指名嬢を、わかりたい。決して、わかることを許してくれないと頭では理解していても。
 本当は、オトコの方が、センチメンタルでロマンチストなのである。ほんと、だめだよなぁ、、、オトコって。

※2005年12月記述

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