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五輪「侮辱演出」の辞任劇に違和感

東京オリンピック・パラリンピック開閉会式で演出の統括役を務めるクリエーティブディレクターの佐々木宏氏が #オリンピッグ と表現して「渡辺直美さんの容姿を侮辱するようなメッセージをチーム内のLINEで送っていた」と文春オンラインが報じた問題が波紋を広げ続けています。

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報道の翌3月18日、佐々木氏が謝罪文を公表したほか、大会組織委員会の橋本聖子会長も辞任の意向を受け入れました。

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まさに電光石火の辞任劇であり、テレビやネットメディアはこの話題で持ち切りでした。

その多くは、「佐々木氏への批判」「殊勝なコメントを寄せた渡辺直美さんへの称賛」「東京オリンピック・パラリンピック開催への不安」の3点でした。

#堀江貴文 さんは、YouTube動画にて文春オンラインの記事についても苦言を呈しています。

堀江さんも演出に関わるグループや、ひいては組織委員会を含めた関係者全体のガバナンスについて指摘しています。

もちろん差別を想起させる佐々木氏の提案は飲み会の悪ふざけでもいってもいけない不適切なものとしてしています。

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そのうえでグループLINEの段階でこの提案は否定され、撤回されました。「地位と実績のある佐々木氏の提案でも不適切であれば一蹴できる」という点でガバナンスが機能していたのです。

「グループLINEというクローズドな場での発言であり、しかも否決されたものが流出してしまった」ことはガバナンスの弱さにほかなりません。さらに、この点について「もしリークした人間がグループの一員だったら……」「何らかの対価を得て内部情報をリークしたのなら……」という違和感が拭えません。

仮にそうだとしたら背任行為に近く、真偽がどちらであっても、世間の人々に「信用しづらい組織」という印象を与えてしまいました。

すぐに撤回し、謝罪、反省しても許されない。それが過去のことであったとしても許されない。

そんな超不寛容社会が進むほど、失われるのはクリエイティビティーだけではありません。「失言を恐れて同僚と軽口すら叩けない」「友人ですら警戒して気楽に話せない」など、人間のコミュニケーション自体が減っていくでしょう。

そうなってしまうと、距離感が縮まらず孤独感を覚えやすくなるとともに、小さな失言がより気になるようになり、互いをますます攻撃し合うようになっていきます。個人の軽率なミスを寄ってたかって責める社会でいいのか。撤回、謝罪、反省を受け入れない社会でいいのか。

東洋経済の記事が自分が言いたかったことをわかりやすく書いてくれています。

その後の生配信にて、渡辺さんご本人からコメントされています。

この配信のコメントはハフポストで以下の通りまとめられています。







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