心の島 小笠原‐18 意外な島の果物
南の島だから、フルーツがたくさん食べられるんでしょ? と聞かれたりするけど、実はそうでもない。島に住んでいたとき、どんな果物を食べてたかなぁと思い返したけど、一番よく食べていたのは中南米やフィリピンから小笠原にやってきたバナナだったりした。
小笠原との関わりは30年以上になる。
取材で、個人の旅で、もう何十回行ったかわからない。コロナ禍の3年を除いて行かなかった年はないし、一時期は住んでもいた。その間に見たり、感じたりしたことを1つずつまとめていってもいいかなと思い、書き始めた。本当の雑記だが、興味あったら幸いです。
たしかに小笠原ではたくさんの果物が採れるし、栽培もしているけど、村民の食卓に毎日ふんだんに島の果物を食べるか? というとよく分からない。少なくとも、私の食卓には毎日は登らなかった。
パッションフルーツやレモンは果物だけどそれ自体をむしゃむしゃするよりは、ヨーグルトに混ぜたり果汁を絞って酒や炭酸で割ったりという感じで、内地のみかんみたいにテーブルの上に置いてあって小腹がすいたら食べるという感じでもない。
なにより、そんなに安くないので、毎食のデザートにするということもなかった。
バナナはキングバナナがあって、これは店にも並ぶけどタイミングが合わなければ出会えないし、大概は幹から房がついた状態で並ぶから、やっぱり結構な値段がする。
いずれもこれらについては庭で栽培していたり、農家の友人からおこぼれをもらったりすることのほうが多かった。バナナについては、都営住宅に住んでいてもその辺の隙間で栽培している人もいて、そこからおすそ分けが来ることもあった。
レアな果物はモンステラやシャシャップ。これらについては買ったことはない。最近は農協に並んでることもあるけど、シャシャップは痛みが早いので、やっぱり庭に植わってる人が分けてくれたりしたおかげで食べられた感じ。
シャシャップはアテモヤとかシャカトウとかの仲間で、甘く、ヨーグルトっぽい酸味が混ざった不思議な美味しさ。モンステラは、あの南国風味の観葉植物の実だ。これはなかなかレアで、言葉で言い表すのは難しいが、とうもろこしみたいな感じでなっている実が、熟すと1つずつポロポロ剥がれてくるのをようじかフォークでさして食べるのだけど、タンパク質を分解する成分が入っているそうで、舌にピリピリ刺さる感じがする。味はカルピスみたいな甘酸っぱい感じ。
文旦もたまに店で見かけるけど、これももらうことのほうが多かった。アパートの大家さんが畑にいっぱい植えていて、私が暇人なのを知っているから、収穫のときに1階から大声で
「お〜い、有川くん、文旦採るよ〜」と誘いがかかる。
大家さんは何種類かの文旦を植えていて、大きかったのは晩白柚。はしごに登って大家さんや、やっぱり収穫に駆り出された暇人が木の上で切ったものを下で受け取り、かごに詰める。
最後、車で大家さんの家まで運ぶと「好きなだけ持って行っていいよ」と手伝いの対価をくれるのだった。ほかに植えられていたのは、平戸文旦と谷川文旦。
谷川文旦は、水分が多くて美味しくて、グレープフルーツのように食べられた。これは美味しかった……。
(これらの写真が、探してもない。大家さんの見事な畑の写真もない。私はいったい何を考えていたのか。毎日夕日ばかり撮って本当に近視眼的だった)。
あとは、戦前に植えられて野生化してしまったオレンジがあって(トップの写真はこれ)、これは絶品!皮が薄く、ジューシーで甘さと酸味のバランスが素晴らしい。コクと旨味もあって、内地で似た味を探すとしたらなんだろう? 清見オレンジやタンカンが似てるかもしれないが、もっと美味しく感じた。
これも、そのへんの山で見つけたからといって勝手にとっていいものではなかった。戦前に植えられたということは、そこは持ち主がいる場所であることも多く(返還までの無人時代に境界線が不明になった土地も多いけど)、見つけても勝手に取らないようにと島の古い人からもいわれていた。
だからたまたまもらったときは大事に食べた……。大事にしすぎてしばらく冷蔵庫に放置したこともあったけど、それでも果汁を失わない素晴らしいフルーツだ。
今、父島でたった一人、女性農家が頑張って栽培している。
というわけで、多くの島の果物は「ある日突然やってくる幸運」みたいなもので、毎日確実に食べられるわけではない(いやこれは私が、ということで、余裕がある人ならシーズン中は毎日パッションを食べているかもしれない)。
だから、「やっぱり朝ごはんにはフルーツがほしいよね」というようなときは、安くていつも買える輸入バナナを買ってしまうのだった。
あ、そうだ、山の中で勝手にとって食べても怒られない果物もあった。キバンジロウというグァバの仲間だけど、残念ながら私はこれがあんまり好きではなかった。グチュっと柔らかく、つまんでぐっと押すとゼリー状のほのかに甘い実が出てくるのでそれを食べる。種がでかい。
実はこの植物は外来種としてあんまり繁茂してほしくないものとされているので、気軽に種もペッペッできない。
今住んでいる場所では世界中のいろんな果物が1年中手に入るけど、やっぱり、たまにしか食べられなかった島の果物が懐かしくなるときがある。
大家さんも、数年前に亡くなられてしまったし、あの文旦は当面食べられないだろうな。
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