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心の島 小笠原−16 去っていくあなたへ

久しぶりに島に行くと、島から出てしまって、会えなくなっている人がいることに気がつく。人の出入りが激しい島。そんな一面もここにはある。だから、新しく来た人をどう受け入れるか、人によっては態度を決めていることもあるようだ。


小笠原との関わりは30年以上になる。
取材で、個人の旅で、もう何十回行ったかわからない。コロナ禍の3年を除いて行かなかった年はないし、一時期は住んでもいた。その間に見たり、感じたりしたことを1つずつまとめていってもいいかなと思い、書き始めた。本当の雑記だが、興味あったら幸いです。


「えっ、あの人引き揚げるの?(この言葉については「不思議な言葉」の回を読んでください)」
噂が流れてくる。どうやら、「あの人」が島からいなくなるらしい。東京都の支庁職員や学校教員、学校職員などは12月ぐらいから「今回あの人はそろそろ転任じゃないか」という噂が飲み会などで流れる。本人への辞令は結構前からおりているようだけど、はっきり決まるまで本人は口を割らない。だけどなんとなく、勤務年数から「あの人ヤバいかも」と噂が流れるのだ。
だけど誰もがノーマークで「この島が大好きです!ずっとここにいたい」と言っていた人が転任になることも多い。そういうとき最初はみんなびっくりし、そのあとに「やっぱりね」と意外に早く諦める。

島でお店を開いたり、いろいろな活動の中心だったりする人も、突然いなくなることもある。タイミングはいろいろだけど、子どもが大学に進学するときとか、あるいは内地(本州)にいる親の介護のためにとか、自身が病気になったとか。バイト生活をしながら一時、小笠原に住んでみたかったというような若い世代は来ては帰るという感じで入れ替わっていく。

とても仲良くなった人がある日「実は……」と島から出ることを打ち明けてきたときのショックは結構なものだけれど、その寂しさにはみんなある程度、耐性がついている。

「引き揚げるかなっていう雰囲気はなんとなく分かるんだよね。学校の先生とかだと、勤続年数でそろそろかな……って思うし。農業や漁業の人でもそれ以外の人でも、なんとなくそういう影が見え隠れするんだ。かなり先のイベントの話をしたときの返事が歯切れが悪かったりとかね。はっきり日が決まって打ち明けられたときからは、どんなに仲いい人でも『この人、数ヶ月後にいなくなるぞー、いなくなるぞー』って自分に言い聞かせるの。それでいなくなったあとのショックを弱くするの」

と、話してくれた女性がいる。言い聞かせないと寂しさに耐えられないのだという。もちろん、言い聞かせたところで寂しいのだけど、心の前準備とでもいうか。
それでも、新しく来た人にはやっぱり親切に接する。「この人もどうせいなくなるんでしょ」とは思わないようだ。人が来て、人が出ていく、そういう島だから。
海を隔てた別れは、本州で隣の県に引っ越すというレベルの別れより、物理的にも精神的にも「気軽には会えない」感が強い。

よく飲ませてもらっていた家の飲み会で、その家の集まりにもよく来ていた学校の先生がどうやら異動になるらしいという話題が出たときに、聞いた印象的な言葉。

「島ですごく活躍してて、色んな場面で頼られる人がいなくなって、ああ、もうあの人がいないなんてやっていけないって思っても、いざいなくなってみるとなんとかなっちゃうんだよね」

「もう島が気に入りすぎて『僕は定年までここにいます』っていってた●●先生も、結局帰っちゃったもんねぇ」

島にいたときに印象的な別れのシーンがあった。バイトしていた保育園の年長だったNちゃんが、とても仲良くしていた友だち一家が帰るとき、桟橋に見送りに来て、
「◯◯ちゃん、元気でね。えへへ、えへへ」
と笑いながら何度も友だちに話しかけていた。その子はまだ保育園に入る前の小さい子だったので、ニコニコしているだけ。Nちゃんもニコニコしていたのだが、船のタラップが外され、デッキにいる友だちの顔が見えている間はまだ、笑って、走りながら船を追いかけていたけど、いよいよ顔も見えなくなるほど遠ざかったとき、Nちゃんは突然、その場に座って
「うわーーーん!!」
と大泣きしたのだ。その後しばらく、泣きっぱなしだった。
こんなに小さいのに、もう別れの悲しみを知ってしまったのだ。

島に住んでいれば別れも暮らしの一部、だけど島にいる間は一緒に楽しく時間を過ごす。島を出る人にレイをかけてあげて、船が出たときにその人がレイを海に投げて、船が去っていったあと、レイが島に打ち上げられると、その人はまた島に帰ってくる……というストーリーが小笠原にある。このストーリー自体は伝統でも歴史でもなく、この10〜20年ぐらいの間に自然発生的に生まれたものだけど(私が島に最初に行った30数年前はなかった。おそらくフラが島に浸透してからだと思う)、それでも一緒に素晴らしい時間を過ごした人への手向けとして、ちょっと胸が締め付けられるような良いストーリーだなと、思うのだった。

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