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MTGがパンデミックで失ったもの、得たもの

※本記事は、私がWizz91号(発売日:2022年2月11日)に寄稿した内容に、Wizz編集部様の許可を得たうえで再編集(一部加筆&一部削除)を行い掲載したものです。原文および他のMTGライター様による100ページを超える大ボリュームの記事をチェックしたい方は、ページ下部の各通販サイト様からお求めください。

序に代えて

2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大流行(パンデミック)によって、世界各国は大混乱になりました。ウイルスの持つ感染力の強さだけでなく、情報化社会がもたらすアンコントローラブルな情報拡散によって、私たちの日常生活は破壊されてしまったといえるでしょう。

諸外国では、感染者数を抑えるためにロックダウンを発令。台湾などの一部の国では、渡航が完全に禁止され、強烈な外出制限を国民に強いることでウイルスの封じ込めが行われました。

そんな中、2020年4月、日本でも緊急事態宣言が発出されました。当時の日本は、諸外国ほどの強烈な外出制限がされたわけではなく、法的な効力で外出を禁じられているわけでは無いものの、首都圏を中心に人流を抑制するために、飲食店や商業施設に対して政府から営業自粛の要請がされました。結果、ほとんどの飲食店&商業施設は全面的に休店、外出する意義を失った私たちは、ほぼ軟禁状態で約一ヶ月過ごすことになりました。

2021年12月現在、日本国内の感染者数は抑えられており、ワクチンの接種率も高まっていることから、変異ウイルス出現の報道に後ろ髪を引かれながらも、少しずつではありますが、かつての日常を取り戻しつつあります。

今回の記事では、マジック:ザ・ギャザリング(以下:MTG)に関わるプレイヤーたちが「2022年のパンデミックをどう過ごしたのか」を記録として後世に語り継ぐとともに、私の経験と見解を交え、MTGがパンデミックで失ったものと得たものについて記述します。


パンデミックがMTGプレイヤーから奪ったもの

パンデミック(感染症の世界的大流行)とインフォデミック(インターネットでの情報の拡散)のコンボによって、私たちの2020年~2021年は破壊されました。特に飲食やエンターテイメント産業はほぼ壊滅、私たちは「今まで当然のように得ていた体験」を得られなくなりました。

数多くのオフラインイベントを開催していたMTGも大打撃を受けました。多くのMTGプレイヤーたちは、恒例のイベントの数々を失うことになりました。中でも最も致命だったように思えるのが、毎年国内だけでも4~5回開催されていたマジックフェスト(旧:グランプリ)の中止でしょう。2022年現在も、マジックフェスト再開の目途は立っていません。

また、ハイレベルな戦いと多額な賞金を求めていた競技プレイヤーたちにとっては、ミシックチャンピオンシップ(旧:プロツアー)の代替となる、マジックアリーナでのオンラインイベントは、かつて追い求めていた夢の舞台とはかけ離れたものです。

さらに、それら大規模なイベントだけでなく、カジュアルな中小規模の店舗イベント(PPTQやフライデーナイトマジック)も開催を中止せざるを得なくなったため、MTGを取り扱うショップも大打撃を受けています。気軽にカードを買い出かけることもできない、カードを買ったとしても遊ぶ機会がない、2020年~2021年の間、私たちのMTG生活はパンデミックによって破壊されました。


アナログからデジタル、アウトドアからインドアへ

マジックフェストなどのイベントが全てオンラインイベントに代替されたことで、私たちはPC(MTGアリーナ、マジックオンラインなど)でMTGをプレイすることが多くなりました。紙のカードでプレイする機会を失った私たちは、自宅にある紙のデッキたちを押し入れに閉まったまま、PCモニターの前でマウスをクリックし続ける生活を余儀なくされたのです。

アナログではなくデジタル
家の外ではなく家の中

従来と真逆ともいえるMTGとの向き合い方を要求されたプレイヤーたちは、大きく分けて3種類に分類されたように思います。
1つ目は、オンライン環境に適応して、より一層MTGの世界に没頭していくプレイヤー。
2つ目は、環境の変化に戸惑いながらもMTGをプレイし続けるプレイヤー。
3つ目は、環境の変化によって、モチベーションを下げて引退していくプレイヤー。

私の身の回りにも、様々な想いを胸に、MTGと向き合うプレイヤーがたくさんいました。オンラインでのMTGに魅力を見いだせなかったプレイヤーたちは「再び、紙のカードをプレイできる日」を夢見ながら、ただただ我慢する日々を送りました。

勿論、オンラインゲームとしてのMTGは、それはそれで快適であり、自宅はMTGのプレイに集中できる環境でもあるので、純粋にMTGのプレイに没頭したいプレイヤーたちにとっては、とても良い環境だといえます。一方、常に自宅でのプレイになるので、プレイヤーは画面内のMTG以外の体験を一切得られない状況に置かれます。ではかつてのMTGで得られていた”MTG以外”の体験とは何でしょうか。

次の章では、パンデミックがMTGにもたらした変化を深堀するために、オフラインのMTGならではの良さについて、実体験を交えながら記述していこうと思います。


グランプリでの思い出(飲み会、旅行、出会い)

パンデミックによる2年間、私たちはマジックフェストを始めとしたオフラインイベントを失ったことで、「国内&海外を旅行する機会」と「友人たちと再会する機会」を失ったように思います。

私たちにとってコロナ禍は、「失ってから気づく」の2年間だったのかもしれません。例えば、MTG関係の人とのつながり、各地の“食“との出会い、日常からの逃避行、これらの当たり前だと思っていたことの多くが決して当たり前ではなかったと、多くのプレイヤーが気付くことになりました。

ここで私の経験を交えてお話をさせて下さい。今でも昨日のことのように思い出しますが、私が全国のグランプリを回っていた頃の記憶として、強く印象に残っているのは「グランプリの初日落ちが決まったあと、夜8時ごろから同じ境遇の友人を引き連れ、安居酒屋に転がり込み、気のすむまで愚痴を言い合う土曜夜の飲み会」です。決して、堂々と語るような思い出話では無いかもしれませんが、当時の私にとっては、人生で最も楽しい時間の1つだったように思います。

というのも、当時サラリーマンだった私にとって、グランプリというイベントの存在は重要でした。毎日同じ時間に目覚め、同じ電車に乗り、同じ場所で同じ人間と顔を突き合わせ、同じ仕事を繰り返す日常に潤いを与えてくれていたのは、年に4回~5回のグランプリだったように思えます。

MTGのグランプリで得られる体験は、グランプリ本戦やサイドイベントでの対戦だけではありません。久しぶりに再会する友人たちとの同窓会は勿論のこと、会場や最寄り駅までの道中ですらも、かけがえのない体験だったのです。どれもオンラインでは得られない体験です。


趣味としてのMTG

パンデミックによって、多くのオフラインイベントはオンラインに代替され、ほとんどのプレイヤーは自宅でMTGをプレイすることになりました。前述したグランプリでの体験のように、知らず知らずのうちにオフラインイベントから様々な体験を得ていた多くのプレイヤーにとって、パンデミック下でのオンラインイベントは、十分に満足できるものではなかったように思えます。

私の周りでも、長年、MTGを続けてきたプレイヤーの中には、改めて自分とMTGの距離感を計り直した人も多いようです。私もその一人です。私自身、この数年の出来事(プロツアーの消滅、感染症によるオフラインイベントへの移行)によって、20年間続けていたMTGについて、向き合い方を考えることになりました。2020年の春頃、私自身、年齢が30代半ばになり、競技としてのMTGに区切りをつけたいと思った矢先、自分にとって最後の競技イベントとして考えていた「マジックフェスト北九州」が、パンデミックによって中止となりました。MTGの競技活動に区切りをつける機会を失った私としては、この2年間は様々なことを考える期間になりました。


仕事としてのMTG

「趣味としてのMTG」との付き合い方に苦悩する一方、「仕事としてのMTG」については方向性が明確になりました。仕事を通してMTGを盛り上げていこうという気持ちがより強くなりました。

少し私の。私は5年前、RPTQでプロツアーの権利を得て、プロツアーホノルルに参加しました。その大会終了後、私は帰りの飛行機内で「こんなに素晴らしい空間と体験のことをもっと多くの人に知って欲しい。僕は残りの人生でこのゲームの素晴らしさを世間に伝えなければならい」と考えたのです。当時、関西で外資系コンサルティング会社で正社員として働いていた私ですが、日本に帰国した数日後に会社に退職届を出しました。同時にMTGの競技活動とも少し距離をとるようになりました。MTG界隈の内側にいては、MTGの魅力を世間(MTG界隈の外側)に届けることはできない。MTGの外側からMTGの魅力を引っ張り上げる動きをしないないといけない。当時はそんな思惑があったのを覚えています。

29歳で脱サラして裸一貫で上京、フリーランスとしてWeb業界&メディア業界に身を投じ、仕事ととしてMTGやゲーム、eスポーツと関わることを選びました。試行錯誤を繰り返す中で、MTGがアナログゲームからデジタルゲームに変化していく過程を追いかけ、MTG界隈の会社経営者、YouTuber、オンラインサロン経営者、インフルエンサー、実況者さんの活動を、メディア露出という形で微力ながらお手伝いする仕事をしていました。

私がメディアの活動を続けて約4年、いくつかの課題(eスポーツとMTGの嚙み合わせの悪さ、eスポーツ興行への違和感)が出てきましたが、これらについてはまた別の機会にお話しさせて下さい。結果として多くの関係者さまのご協力により、今までMTGのことを取り扱ってこなかった大手ゲームメディアにも、MTGの記事やプロプレイヤーのインタビュー記事を掲載してもらうことが出来ました。

私自身の話はここで終わりにして、次の章からはパンデミックがMTGにもたらしたポジティブな変化について整理するとともに、2022年以降のMTGにどのような変化が待ち受けているのか考えていきます。


パンデミックがもたらしたポジティブな変化

2年間のパンデミック下でのMTG生活を支えたのは、紛れもなくMTGアリーナでした。2018年9月27日にオープンベータ版がリリースされた同ゲームですが、リリース当初こそは、マナ自動支払いの微妙な挙動、紙よりも1週間ほど早いプレリリースイベントの開催など、従来のMTGに慣れ親しんだプレイヤーにとっては違和感のある要素が目立ちました。

しかし、パンデミックによりアナログ版のMTGを楽しむことができなくなったプレイヤーたちにとって、MTGアリーナは最後の砦となりました。いえ、むしろMTGアリーナのリリースおよび普及がされていなければ、MTGというコンテンツの存続そのものが危うかったように思えます。それ程までにこの頃の私たちは、(紙のMTGで)何もできなかったのです。

もしMTGアリーナが開発されておらず、オンラインでMTGをプレイするアプリケーションがマジックオンラインだけだったとしたら、世の中のプレイヤーたちのモチベーションを2年間近く繋ぎとめることは難しかったかもしれません。幸か不幸かパンデミックの期間によって、MTGアリーナの存在はより大きなものになりました。


「戦う」MTGから、「遊ぶ」MTGへ

パンデミック期間でのMTGに起きた大きな変化として、カジュアルフォーマット(EDHや統率者戦)の隆盛が挙げられます。これまでEDHと統率者戦は国内ではごく一部のMTGプレイヤーに親しまれていた遊び方でした。しかし、パンデミックによる大規模オフラインイベントの消失と競技シーンの縮小、WotCのカジュアル環境に傾倒した販売戦略により、急速に広まることとなりました。

特に象徴的なのは、これまではカジュアルフォーマットには脇目も触れず、競技イベントに勤しんでいた競技プレイヤーたちが、次々と統率者戦用のデッキを持つようになったことです。「勝つこと」を求め続けてきた競技プレイヤーたちの、つかの間の正月休みともいえる「楽しむこと」を求めた行動変容。全体の温度感として「戦う」MTGから、「遊ぶ」MTGに変化してきた感覚を持ちました。

大規模なオフラインイベントが開催されない以上、オフラインでの対戦機会を得るためには、個人が仲間を集めて中小規模のイベントを開くしかありません。その選択肢として、4人で集まって、コミュニケーションしながら対戦できる統率者戦はMTGの延長線上にあるパーティゲームとしては、適任だったようです。

かつてのグランプリやプロツアー予選のように、大型店舗で不特定多数とプレイするMTGは減り、ワンルームの部屋で気の知れた仲間たちとプレイするMTGが増えました。「開けたコミュニティ」で「広く浅い関係性」を維持するのではなく、「閉じたコミュニティ」で「狭く深い関係性」を築き上げる方向に、交流の質がシフトしていったように思えます。


「公」から「個」へ、そして「コミュニティ」のMTGへ

これは私の個人的な考えですが、2000年以降の私たちは少しずつ、ゲームを通して(他人と)繋がることを強いられてきた気がしてなりません。ニコニコ動画やYouTube、Twitchなどのプラットフォームがもたらした「ゲーム実況」という、他人のゲームを観る&繋がるという体験は、ゲームとユーザーの関係性を大きく変えました。同時にSNSの発展もその変化に拍車をかけました。

いつの間にかゲームは『孤独になることを許容』してくれるものではなく、『繋がることを強要』するものとなりました。それは任天堂が推し進めた、一人用ゲームからパーティゲーム、そしてエクササイズゲームへの変化、およびソーシャルゲームを中心とした、買い切り型から課金型への変化が一因となっているように思います。

知らない間に「陰キャの嗜み」ではなく「陽キャのコミュニケーションツール」になってしまったゲーム、その変わり果てた姿に、中年のゲームオタクとしては、得も言われぬ疎外感を頂いているのが本音です。

しかし、2020年、そんな『繋がることを強要』するゲーム文化に、水を差したのがパンデミックだったように思えます。ひとりでゲームに没頭しづらい世の中を、パンデミックが襲ったことで、私たちは一時的に孤独(という現代社会おいては貴重な体験)を取り戻し、「繋がることを目的としたゲーム」ではなく、「自分が好きだから遊ぶゲーム」と再会するチャンスを手に入れました。

もちろん全ての人がそのチャンスを享受したわけではなく、中には…いえ、むしろ大多数の人たちが、流行の対戦型or協力型のオンラインゲームに殺到し「繋がるためのゲーム」に身を投じていったのは事実です。パンデミックが「繋がるためのゲーム」文化を助長したという意見も甘んじて受け入れます。ただ、その一方で、しっかりと目の前のゲームと向き合い、自分とゲームだけの時間を過ごした人も増えたはずです。

ただ、それは残酷な踏み絵にもなっています。今までゲームを通して「繋がり」を求めていた人たちは、ゲームでの「繋がり」を失われた結果、ゲームを続けることの旨味を感じられずリタイアしていきました。逆説的には、パンデミックを経ても、ゲームを続けている人たちは、真にそのゲームが好きだということでもあるでしょう。

「繋がり」を目的としたゲームが「公」として、「孤独」を目的としたゲームが「個」とするのであれば、この2年間のパンデミックによって、ほんの一瞬だけゲームは「公」から「個」に引き戻されました。それは、90年代の頃のような(周囲の声を気にすることなく)自分の好きなゲームに没頭し(繋がりを気にすることなく)飽きたらやめていくという、とても清々しいものにみえました。

MTGはどうでしょうか。MTGはトレーディングカードゲームであり、pvp(プレイヤー同士の対戦)ゲームなので、構造上「繋がること」が前提とされているゲームではあります。そんなMTGもパンデミックの影響で一時的に「個」で楽しむ側面とが強くなり、パンデミックの収束とともに、再び「個」同士が繋がりはじめ、中小規模の「コミュニティ」になってきたように思えます。

中小規模の「コミュニティ」の発展には、EDHや統率者戦などのカジュアルフォーマットが寄与しています。カジュアルフォーマットはオープンなコミュニティよりもクローズドなコミュニティの方が盛り上がるためです(デッキパワーが平準化されやすく、暗黙のルールが浸透しやすいため)。感染症がもたらす新たな人間関係の形(不特定多数と会うよりも、同じ人と何回も会いたい)は「広く浅いコミュニティ」から「狭く深いコミュティ」への変遷を生み、その変化はMTGの新たな遊び方を引き出します。


さいごに

2020年から2021年にかけてMTGには大きな変化がありました。それはパンデミックだけではなく、WotCの公式声明(競技シーンの規模縮小)やブランディング戦略(eスポーツからカジュアルゲームへの方針転換)による影響も大きいでしょう。

MTGは、パンデミックという試練を乗り越えて、新陳代謝を行いました。カジュアルフォーマットやデジタル環境の充実によって、MTGの遊び方は多様になっています。私たちの選択肢は広がり、ライフステージの変化に応じて、MTGとの距離感を調整しやすくなったともいえるのです。

※続きは書籍でお読みいただけます

■Wizz91号 
発売日:2022年2月11日
価格:1,000 円(税込み)
販売店:ドラゴンスター通販サイト、晴れる屋通販サイト、カードショップセラ通販サイト

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