どこかで、聞いたような話⑤
インターホンの音を聞いた瞬間、脳裏に浮かんだのはソクジン先輩の顔だった。私は動揺した。
「お荷物でーす」
ドアの先にいたのは配達員だった。激しく安堵した。そしてそんな自分が情けなかった。私は一体何を考えているのだ。
「シュウくん、早く寝てね」とシュウの頭を撫で、ホソク先生は長居せず帰っていった。今度は僕が何かご馳走しますね、とも言ってくれた。ついさっきまでの私なら舞い上がっていただろうその提案を、今は重荷にすら感じてしまう。ソクジン先輩とホソク先生...。離婚してまだ数ヶ月の私は何をやっているのか。悶々としながら食器を洗う間もずっとそのことを考えていたら、今の私に一番必要なものが何かわかった。それは、女友達の客観的意見だ。
毎週土曜日はシュウを体操教室に連れていく。50分ほどの授業の間、保護者は体育館のギャラリーで見学できるようになっている。午後から近くのネイルサロンで予約があるという親友のユキをここに呼び出したのは、これが初めてではない。昨日思い立ってすぐにユキに助けを求めたところ、彼女から「Mr.キューティも見たいし体操教室に行くよ」と提案されたのだ。
ユキは実家暮らしの独身だ。広いおでこを全部出したひっつめ髪スタイルには彼女の自信や外交的な性格がよく表れている。私と違い恋愛にも奔放で、職場に元彼が複数人いるような女子だ。
「ちょっとぉ〜、面白そうな話じゃん!昔好きだった銀行員と、最近急接近した小児科医?あんたのこと心配してたけどさぁ、独身生活満喫してるんだね!」
「いや、待って。そういうことじゃないのよ。頭の整理がつかなくてホントに困ってるの。ねえ、どうしたらいい?」
ユキから次々投げかけられる好奇心に満ちた質問に答えながら、私は整理しきれなかった感情を笑って吐き出し少しずつ冷静さを取り戻すことができた。最終的な彼女のアドバイスは「両方と子供抜きでデートしてみてトキメク方を選べ」だった。デートの際はシュウを預かってあげるとまで言われた(実際には彼女の母親が世話をするのだけど)。女同士の会話は楽しく一瞬で時が過ぎる。まだ全然話し足りないのにもう授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
シュウの靴を履き替えさせていると、ユキが荒っぽく私の肩を叩く。
「ちょっ、Mr.キューティがこっち来るよ」
ユキの言うMr.キューティというのは、シュウのクラスを担当するジミン先生のことだ。シュウはジミン先生が大好きで父親以上に彼に懐いている。2週間ほど前にこの教室で父親と子供で参加するイベントがあった時、参加を諦めていた私たちに声をかけシュウの父親役をやってくれたことがある。その日以来彼は私のことをアミさんと呼び、ぐっと距離を縮めてきた。実はLINEでも繋がっていて、たまに返信しようのないメールが来たりする。
「アミさん!お友達さんも!こんにちは〜!」
「こんにちは」
「アミさ〜ん、どうして連絡くれないんですかぁ〜。待ってるんですよ!」
え、どういうこと?という目でユキが反応する。
「アミさんってそんなに忙しいんですか?僕、アミさんをデートに誘いたいんですよ。どうすればいいんですか?助けてください!」
目をまんまるに見開いた後、不敵な笑みを浮かべ、ユキは何かを心得たような表情で私の腕を掴んだ。
「ほんっとにすみませんね。この子、バツイチの癖に恋愛経験少なすぎてそっち系ダメダメで。でも完全フリーですから、先生からデートに誘ってあげてください。あ、子供はうちで預かるから2人で行ってきてくださ〜い」
「ほんとですか!?やったぁ!お友達さん最高じゃないですかぁ!お土産買ってきますねっ」
こんなに簡単に、豪快に、華麗に、明るく人をデートに誘う様を目撃し、圧倒され、感動した。しかも誘われたのは私だ。ちょっと待て。私はまだデートするって答えてないぞ。それに私が最後にデートしたのって...いつだ?急展開に頭が付いていかない。
(続く)
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