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「BTSはなぜヒットしたのか」の記事を書くのはもうやめよう

今週、大江千里氏がNewsweek誌に寄稿したBTSとJ-Popに関する記事が日本のアミたちの間で炎上した。まぁ、ボヤ程度の炎上だったのかな。先ほど彼の名前でTwitter検索したけど怒っているアミのツイはもうそんなになかったから、まあ鎮火したのだろう。

こんなに早く鎮火したのは多分、私を含め多くのアミが「ああ、またか」と思ったからではないかと思う。私たちアミはこの類の、事実誤認でデコレーションされたみたいな記事を飽きるほど目にしている。

一昨年のDynamiteのヒット以来、日本のメディアには「なぜBTSはこんなに成功したのか」についての記事が溢れている。そしてその中には「これ、書いてる人アミだな」と思うような礼賛記事もあれば、「これ、嫌韓の煽り目的ね」と思うような偏向記事もある。メディアというものの特性上、まあ、極端な記事が増えるのは仕方ない。しかし、件の大江千里氏の記事に対して、私は本当に残念な気持ちになったのでここにその思いをぶちまけたい。

なお、大江千里氏がそもそも嫌韓の思想をお持ちで、シンプルに嫌韓仲間に喜ばれる記事を書くことを目的としたのであれば、もう別にいいです。ああそうですか、どうぞご自由に、と言う感じ。すなわち、以下はNewsweekの記事が嫌韓記事のつもりではなかった、ということを前提にして、私が思うことをだらだらと書きます。

1)日本のアイドルは「育てる楽しさ」、韓国は「完璧を求める」みたいな構図で語るのは大変失礼且つ恥ずかしいことなのでもうやめた方がいい

大江氏の記事には以下のような記述があった。(※なお「顔のお直し」の部分については別途書くつもり)

K-POP界の人は生き残りを懸けて戦うというか、自国を背負う感覚で音楽をやっている。デビュー時には既にダンスも歌もクオリティーが高く、顔のお直しも完了している。

一方の日本は、宝塚に代表されるようにファンと一緒に成長する過程を楽しむ独特のスタイルだ。少しぐらい「へたうま」のほうがファンには応援しがいがある。
Newsweekの大江千里氏による記事より抜粋

この論じ方をとにかくよく目にする。そしてその度に思う。これは、日本のアイドルの質が悪いということを第一前提として認め、且つそのことへの言い訳にしかなっていない、と。

悪いが韓国のアイドルにだって「練習生時代」がある。BTSだって、デビュー前からファンは彼らの成長を見ていたし、多分日本と同様それを売り出しの戦略としていた。韓国で人気のオーディション番組なんてまさにそれではないか。つまり、K-Popだってファンはアイドルの成長する過程を楽しんでいる。同じことをしているのだ。

すなわち、このよく見かける理屈は、シンプルに「日本のアイドルはデビュー後も歌と踊りが下手」と喧伝しているようなもので、結果、日本のアイドルに大変失礼である。

それとも、この理屈を述べる人というのは、本気で日本人が「私はアイドルは歌下手な方がいい♡だって育てがいあるじゃん」と思っているとでも言うのだろうか。プロデューサー側が「君たち、もうちょっと下手に歌って」と言っているとでも思うのだろうか。

日本のアイドルにのめり込んだ経験がないので私が間違っているのかもしれないが、例えば私は小さい頃、ジャニーズのアイドルがバク転するのは純粋に凄いとかカッコいいと思って見ていたし、DA PUMPがまだアイドル風だった頃はISSAの歌が上手いから好きでよく聴いていた。歌が下手なアイドルの代表と言えば中居くんだけど(ごめんなさい)、私はSMAPが音楽番組に出る時は中居くんのパートを一番楽しみにして聴いていた。そしてそれは決して育て甲斐云々ではなく、彼の音の外し方が突き抜けていてある種のエンターテイメントを見出していたからだ。そして私個人の意見だが、これは中居くんの専売特許であって誰にでも許される類のものではない。公共の電波で歌を歌い踊りを踊るのなら、ファンは彼らのベストな姿を見たいと願うはずだ。嵐の大野くんのファンは彼が歌が上手いところに誇りを持っていたと思うのだが、違うのか?

私はこの理屈でJ-PopとK-Popの違いを述べる人は思考停止も甚だしいと思うし、お金貰ってモノ書くならちゃんとプロらしく考察してよと腹が立つ。そんな風に違いを語っていいのはお茶の間で煎餅ボリボリ食べながらテキトーなこと言っても許される私たちに限られる。

多分現実は「私たち日本人が適切と思っていたアイドルの歌と踊りのレベルをK-Popは軽々と超えてきた」ということではないか。そして、その上で「いや、日本人は下手なくらいが好きなんだよ」と思うのなら、J-PopとK-Popを比較し論じる目的は一体何なのか。それって単にアイドルを推す側の趣味嗜好(つまり歌が上手い人が好きか、上手くない人が好きか)の違いを語ってるだけではないか?

2)ファンの推し活を「ボランティア」と形容するとは何事ぞ

すでに訂正されているが、彼の当初の記事には以下のような記述があった。

BTSを売り出すとき、全米でボランティアの女性スタッフを集め無償で宣伝させてラジオでのオンエアにつなげ、トップへ担ぎ出したのは有名な話だ。官民一体の音楽PR、国際社会でのアイドルマネジメントの「完成形」と言える。
※太字部分は2月3日20時15分(記事が出た約28時間後)に「女性ファンたちが草の根で宣伝し」に書き直されている
Newsweekの大江千里氏による記事(修正前)より抜粋

一体全体、彼の当初の理解とはどのようなものだったのか。そして、その認識はどんな界隈で「有名な話」だったのか。

確かに、現在進行形でアメリカのアミは資金(数ドル)を提供して沢山のアカウントで音源を買うというような活動をしている。別にアメリカに限らず、日本でだって、アミはSpotifyやApple Musicで彼らの歌をしつこいほど何度もストリーミングするし、YouTubeをこれでもかと(なんならスマホとPCとTVそれぞれで)何度も視聴するし、家族や友人などに「たった250円だから1回ダウンロードしてみて」と宣伝するし、すでにアルバムを持っていても別形態での発売が告知されれば「献金」とばかりに不要なアルバムを購入する。

この、推しへの愛が原動力となる「推し活」は果たして「官民一体の音楽PR」の「民」の部分として形容されるものなのだろうか。てか、大江氏にはファンがいないのか?ファンによる、アーティストの魅力をもっと沢山の人に知ってもらいたい、もっとラジオで沢山かけてほしい、もっとテレビに出てほしい、もっと成功してほしい、といった純粋な思いとそのための活動は後ろめたく感じるべきものなのか?

例えばAKBとか、握手券のために何枚も同じCDを買わせる商法。確かに私は外野から「おいおい」と思っていたけど、だからって彼女たちの実績をズルと言って良いとは思わない。AKB総選挙でまゆゆを抑えて指原が1位になった、あれもズルなのか?確かにあの時私は「まゆゆの方が可愛くない?」って思ったけど、でも事実は、指原はコメント力に優れていて中々仕事がデキる人だということであって、彼女に大金を投じたファンたちは先見の明があったのではないか?

ファンが自分たちの推しが成功するために行う推し活。もしこれに多少の無理が含まれていたとしても、これを否定したらアイドル産業なんて成り立たない。なんなら、音楽産業だって成り立たない。ファンがいるからこその産業だよ?どんなヒット曲にもその背後にファンがいるということをアーティスト自身が忘れているとは残念すぎる。

3)お直し云々という言葉に潜む反ルッキズムに見せかけたルッキズム

先ほど引用した文にあった「顔のお直しも完了している」という文に私は激しく落胆した。落胆した私は以下の通りテスト問題を作成した。

【問1】「お直し」と表現されるのはどの境界からか、①〜⑥から選択せよ

(洗顔)①(化粧)②(カラコン)③(アイプチ)④(歯の矯正)⑤(プチ整形)⑥(プチじゃない整形)

今どき「お直し」というその言葉のセンスが本当にどうかしている。出直してこいレベル。

YouTubeのメイク変身動画を見ている限り、整形級のメイクにはカラコンとアイプチがかなり重要である。そして、整形級のメイクが出来ているかどうかは別としてこれらを使っている人はその辺にごまんといる。大江氏はテープで二重にしてる人は「お直し未満」で美容整形外科で二重にした人を「お直し完了」と形容するのだろうか。甚だ疑問だ。

芸能界で考えると尚更だ。多分、だけど、日本の芸能人も⑤程度までのお直し(プチ整形)ならほぼみんなやっていると思う。だから、K-Popの説明として嫌味たっぷりに「お直しも完了している」と書くのは物知らず甚だしいし、書き手の根底にあるルッキズムを強く感じ嫌悪感しかない。

そもそも、バンタンが整形してるかしてないか、はっきり言って私は本当に興味がない。私の推しがもし整形していたとわかったら、まず私の思うことは「あんな小心者なのによくそんな痛いことに耐えたね。よく頑張ったね」であろう。まあ、そもそも彼らの幼少期の写真を知っているから、彼らが小さい頃も同じ顔をしていたのもよく知っているんだけど。Vなんて、百日祝いみたいな時から今と同じ顔をしている。

BTSはユニセフとパートナーシップを結びLove Myselfキャンペーンを展開している。これは、若者の権利向上という大きな問題を主に扱うが、彼らがずっと唱えているLove MyselfやLove Yourselfという言葉はありのままの自分を愛そうというシンプルなメッセージだ。念のため言っておくが、ありのままの自分とは決して「お直しをしていない自分」ではない。寧ろ、自分を愛するために「お直し」が必要ならやればいい、あなたの決断は誰にも批判されるべきものではない、がそのメッセージの核心ではないか。

4)そもそも「現象」について「要因」を探るのはナンセンス

果たして「なぜBTSは人気が出たのか」と言う問いに正解はあるのだろうか。世界におけるBTS旋風はもはや「現象」である。広告会社が「次はこれをヒットさせよう」と色々な仕掛けをして流行らせる一過性の流行とは訳が違う。

ビートルズがなぜあれほど成功したのか。マイケルジャクソンのスリラーがなぜあんなに売れたのか。それらにもし解答があるとすれば「いい曲だったから」「みんなに愛されたから」ではないだろうか。単にまだ気付いていないだけなのだろうが、BTSのヒットはもうそのレベルである。

今Wikiで「現象」という言葉を調べたら、なんか私の思いにピタッとくる名言を見つけた。

現象の背後に何も探求してはならない。現象自体が教師なのだ。
ゲーテ(Wikipediaより引用)

もしJ-Popも世界で流行らせたいという目的でBTSの人気を分析したいのなら、論点のベクトルは「どうやって多くの人にアプローチできたか」という点であるべきだと私は思う。世界中の人が見れるようにMステをYouTubeで流そうとか、SNSの使い方を見直そうとか、MVをYouTubeに上げる時は各国語の字幕がつくようにしようとか、そういう対策が出てくるような分析であるべきだと思う。

もしシンプルに「BTSの何がそんなに良いのか」について書きたいのなら、まずは自身が沼に入ってみなさい。それか、百歩譲って、沼に生息する人々(最低でも100人程度)にヒアリングを行いなさい。そうすれば「人気の秘密は〇〇」と断言できないことをあなたはきっと学ぶでしょう。

今回の大江氏の記事も含め、BTSの人気をK-PopとJ-Popの対比で論じる記事の多くに私はマンスプレイニングに近い違和感を感じる。多分書き手は読み手の中に書き手よりBTSに詳しい人が多数存在している事実を忘れている。J-Pop側にいる人がそんなによく知りもしないK-Popの一アーティストの人気の理由を語るなど、自信過剰と無知の極みである。

・・・

さあ、驚くべきことにすでに5000字近く書いている。ひぃ。ごめん、大江氏に対してそんなに怒ってるわけではないんだよ。ただ、これまでに積もった思いが爆発しただけなの。

私はJ-Popは優れていると思う。K-Popに負けているとは思わない。ただ、K-Popを意識しすぎてチマチマと戦っていては永遠に勝てないと思う。それから、これも強く思うのだが、BTSが海外で成功した土台に韓国本土での人気があったことを絶対に無視してはならない。海外で真に成功するアーティストは、当然ながらまず自国で成功し認めらなければならない。オリンピックと同じ、当然のことだ。海外で売れそうなJ-Popを海外で売っていくことを目指しているのなら、それはその時点で失敗である。真に「次のBTS」を目指すなら「現象」にならないと。

すみません、以上です。長文失礼しました。

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