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私の好きな人 10

5年片思いした。4年一緒に働いた。仕事を頑張り女磨きもサボらず求められたことには全力で取り組んだ。先日、働く目的を聞かれて「あなたが好きだから」「あなたに褒めてもらいたいから」というような答えを勇気を振り絞りしてみたが、それに対する答えは「キャリアプランを考えてみては」というアドバイスだった。そして今、ホソクさんは営業推進部でのマネージャー募集のメールを「FYI」のアルファベット3文字だけつけて転送してきた。嗚呼。これはすなわち、失恋なのか。

数日しくしく泣いた後、大人げないと笑われるかもしれないが、私は、文字通り、いじけた。27歳にもなって、子供みたいに、拗ねた。川谷エリカ事件の時とは違う感情でホソクさんに目を合わせられなくなった。部署異動を促しているような転送メールには「考えてみます」の一言だけ添えて返信した。朝ふたりきりになるのが嫌で定時ギリギリに出社するようになった。ホソクさんの明るい「おかえりー!」に対して静かに「ただいま戻りました」とだけ答えた。ランチの誘いまで断った。毎回、視界の隅に困惑した表情のホソクさんを見つけたが、全部スルーした。

・・・

ソクジンとの引き継ぎが思った以上にスムーズに終わったため、年が明けるのを待たずにグクくんと1社、担当替えの挨拶に行った。

ソクジンから話には聞いていたが、グクくんは相当仕事ができる。二代目ホソクさん、いや、ホソクさんを超えるかもしれない、そんな輝きを何度も放っていた。訪問先へ向かう時には4年も担当した私も知らない近道を教えてくれたし、会社の受付では荷物の移動に苦労していた先方の女性社員の手伝いを買って出て一気に人気者になっていたし、いつもムスッとあまり表情を変えない担当者とはボクシングの話ですっかり意気投合し、その部下の女性は瞳をハートに輝かせた。一番驚いたのは、来年の取引額拡大について平気な顔で数字まで出して先方にお願いしたことだ。一瞬呆気に取られた担当者は最後は笑って「わかりました、また来年話しましょう」と言った。私はグクくんの物怖じしない積極性に心底驚き感心した。

「聞いてた通りだった。グクくんは営業になるために生まれてきたみたいな人だ。凄いよ」
「え?俺っすか?」
「うん。なんか色々凄くて感動しちゃった」
「いやいやいや。有難いっすけどまだまだです」
「謙虚なのも満点」
「あはは。でも俺は先輩を超尊敬してます」
「どうして?」
「うーん、なんていうか取り敢えず頭良いじゃないっすか。俺いつも先輩が作った企画書流用してますから。1回社名変えんの忘れてヤベッってなったことあります」
「どうして私の使ってるの?」
「えっ?部長もジンさんも先輩のを使えって。みんなやってるって言ってましたよ」
「やだホント?知らなかった」

道路沿いに焼き芋のフードトラックが停まっていて10人ほどの列ができている。グクくんは首を伸ばしてメニューを覗いた。

「買ってく?」
「あ、先輩も?」
「いや、私はいいんだけど、グクくん食べたそうだから」
「先輩、次のアポは?」
「まだ大丈夫。付き合うよ」

列に並び、グクくんは焼き芋だけじゃなく大学芋まで買って「先輩もどうぞ」と私にくれた。ガードレールに二人で腰掛け湯気が立つお芋をはふはふと食べていたら、今が仕事中だということも、ずっと抱えているモヤモヤした気持ちも少し忘れた。

「明日のクリスマスはどう過ごすの?」

ちょっとプライベートすぎるかなと思ったが、なぜかグクくんになら大丈夫な気がしてそんなことを聞いた。

「クリスマスっすか?いや俺、彼女できたんで今年は普通に彼女と過ごします」
「わぁ、いいね。最近できたの?」
「そうなんっすよ〜、ずっと片思いしてたんすけどおかげさまでやっと実りました」
「へぇ。グクくん、モテそうなのに案外一途なんだね」
「へへへ」
「…ちなみに、どうやって実ったの?」
「先輩。俺、何回告ったと思います?」
「え?」

グクくんは1、2、、、と指を折りながらカウントした。

「…7回。7回目でやっと実りました」
「嘘!」
「マジっす。いやぁ、俺、頑張りました」

焼き芋を口いっぱいに頬張りながら嬉しそうに話すグクくんを羨望の眼差しで眺める。グクくんみたいな男の子でもこんなに頑張っているのに、私ときたら大した努力もしないで一人卑屈になって拗ねたりして…なんて意気地無しなのか。

「先輩は?」
「え?」
「クリスマス。どう過ごすんですか?」
「私は…彼氏もいないし、何の予定もないよ」
「えっ!いないんっすか?嘘でしょ?」
「いないよー、もうずーっと」
「先輩はもう何年も付き合ってるみたいな彼氏がいるって、マジ、そう思ってました」
「そーぉ?なんでそう思ったんだろうね」
「いや、そんな雰囲気じゃないっすか先輩。多分俺以外もみんなそう思ってますよ」

確かに私の心は5年間ずっとホソクさんにあってずっと恋をしているし、ホソクさん以外の誰に対しても隙を見せていないと思う。だから外からは彼氏持ちに見えるのだろうか。ふと、ホソクさんもそう思っていたらどうしよう、なんて不安がよぎった。

「あっ、そう言えば。聞きました?部長の話」
「なに?」
「シンガポールのVPになるかもって話」
「えっ?」
「俺も噂で聞いただけですけど、もし実現したら凄い昇進だって。やー、部長ってマジカッコいいっすよね」

大学芋が胸につかえた。視界がぐらりと揺れ、街の雑踏がざらざら耳にうるさく響く。

「全然、知らなかった…」
「俺も昨日聞いたばっかりで。吉田さんが今日の忘年会で色々聞くぞって言ってました」

駅でグクくんと別れ、私は次のアポのために会社と逆方向に向かった。今夜の忘年会に行けば全てがわかるのだろうか。嫌な胸騒ぎを抱えたまま、私は夕暮れの車窓の景色をただ見つめた。

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