![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/92422324/rectangle_large_type_2_1b6c711f76e1832a25a841b23e7b2ace.png?width=800)
私の好きな人 9
シャンパンゴールドに輝く並木道をホソクさんと歩いている。これは夢なんじゃないかと、私は何度か手の甲をつねってみたりした。見上げたり振り返ったりイルミネーションを色々な角度から眺めるホソクさんの隣で私も「わ〜綺麗ですね〜」などと感嘆の声をあげてみたりするのだが、実際、私はキラキラと輝く街路樹よりもホソクさんの美しい横顔や光が反射する瞳や堂々とした後ろ姿を横目でチラチラ見ては喜びと興奮で胸を膨らませていた。
「こういうの、営業は仕事ついでに見られるからいいよね」
「そうですね…プライベートでは、来ないんですか?」
「うーん、混んでるし、行く理由もないし」
「そう、なんですね」
「森山さんは?」
「私も似たような感じです。多分毎年外回り中に見てます」
「あはは。だよね」
輝きに包まれたホソクさんが私だけに笑顔を見せる。煌めきの中で私はめまいにも似た、いいようのない恍惚感に溺れた。
ホソクさんお気に入りのお店は路地を入った先にあるという。目がチカチカするほど明るい道を出て細い道に入ると視界は一気に暗くなる。車も人もいない路地は静かで、所々ぽわんと光る店の灯りはなんだかちょっぴり淫靡な雰囲気もあり、私は妙なドキドキが止まらなくなった。
「よーし、開いてるな」
店はビルの地下にあった。通りから直接つながる階段を降りていくと「おばんざい屋 望」と書かれた真っ白な暖簾がかかっている。ガラガラと引き戸を開け中に入るとそこは想像よりも照明の明るい居心地の良さそうな小料理屋といった雰囲気だ。カウンターに立つ綺麗な女性はホソクさんを見て「あら、いらっしゃい」と声をかけた。
「よく来るんですか?」
「そうだね。こういう店はあまり来ない?」
「いえ、寧ろ私の好みです。こういうアットホームな感じも、おばんざいも好きなので」
「うん、味も良いからきっと気に入るよ」
注文は全部ホソクさんに任せた。「嫌いなものはないので任せて良いですか」と頼むと一瞬困ったように笑ったが、ぐずぐずと私に二択を迫ったりもせず美味しそうなメニューをさっさとオーダーしてくれた。
「乾杯!」
J社からいい話も貰えたし今夜は祝杯をあげよう、とホソクさんは白ワインも頼んだ。ワインなら結構飲めると言い張るホソクさんに私も合わせた格好だ。でもグラスの半分もなくならないうちに、ホソクさんの頬は真っ赤に染まった。
「どのおばんざいも美味しいしなんだか実家みたいに寛げるし、私もリピーターになっちゃいそうです」
「でしょう?森山さんなら気に入ってくれるだろうと思ってたんだ」
「ふふふ。でも私、ちょっと意外でした。なんとなくホソクさんってもっとオシャレっぽいお店によく行かれるのかなと思ってたので」
「あー。東京カレンダーにあるのみたいな?」
「はい、この間も読んでらっしゃったし」
「全然だよ。勉強のために色々見てたんだけど。実はあそこに出てた和食の店にうちのチームで行こうかなって考えてたんだけど、その後別件で同じ店に連れて行ってもらってさ。あんまり好みじゃなかったから予約キャンセルしちゃった」
川谷エリカと行った店だ、とピンときた。そしてあの店を予約したのが彼じゃなかったこと、彼が川谷エリカとの夕食を楽しんでいなかったことを知り、私は満足して一気にワインの酔いが回った。
カウンターに肘をつき私の話を聞くホソクさんはさっきよりもだいぶゆっくりまばたきしている。酔ったホソクさんの、鎧を全部脱いだみたいな無防備な姿は可愛らしくて、私は一瞬、酔った女の子をお持ち帰りしようとする男の気持ちを理解した。
「森山さんにひとつ、聞きたいことがあるんだ」
ホソクさんが私の目を見つめながら唐突にそんなことを言った。
「なんですか?」
「ここに入ってもう5年目くらいだよね?」
「はい」
「森山さんってこれからもずっと、法人営業がしたいのかな」
答えに窮した。なぜなら、そんなこと、考えたことがなかったからだ。私はただホソクさんと働きたいという気持ちだけでこの仕事を続けている。
「…どうでしょう。あまり、考えたことなかったです…」
「他の仕事も経験してみたいとか、ないの?」
「うーん…」
「森山さんってすごい頑張り屋じゃん。何か夢とか目指してることとかあるのかなって」
「…」
「なんのために働くのか、みたいなさ」
「私は…このチームが好きだし、みんなと一緒に働くことが好きだし…」
ホソクさんはとろんとした瞳で微笑みながら小さく頷く。
「それに、私はホソクさんに憧れてここに来たので、ホソクさんのことも大好きで、ホソクさんに褒められたくて働いてる…みたいなところがあります…」
酔いのせいなのだろうか。ホソクさんはすぐには反応しなかった。ゆっくりと恥ずかしそうに姿勢を正し「んー、もう何も出ないぞー」と冗談っぽく笑って最後のワインを飲み干した。
「でもさ、ジンも抜けるし、ずっとこのメンバーで働けるって訳じゃないから。もしまだ考えたことがないんだとしたら、そろそろ自分のキャリアプランっていうのかな、そういうこと、しっかり考えてみたらいいと思う。森山さんは有能だからもっともっと上を目指してほしいな、俺は」
5年も片想いしている私にしては大胆な告白だったのに。自分のすぐ隣で酒に酔っているこの素敵な人は私が思っている以上に遠い存在なのかもしれないと、さっきまでふわふわ浮いていた私の心は冷たい床の上に悲しく転がった。
「でも、ありがとう。森山さんにそう思ってもらえるのは凄く、嬉しいよ」
私の大好きな、ホソクさんの優しい顔。でも今、私の目には酷く残酷に映った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?