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どこかで、聞いたような話⑥

20歳で初めて付き合った人と結婚し捨てられてバツイチになった私、言うならば当て逃げされた新車みたいな私は、有能な売上No.1のセールスマンみたいな男子によってデートの約束を取り付けられてしまった。そしてその日から、何だか雲の上にいるような気分だ。

ジミン君とのデートを控え、美容室で髪を明るくした。新品のワンピースも買った。ついでに下着も新調した。ちなみにやましい気持ちはない。いや、ゼロと言えば嘘になるが、万が一に備え...いや、ランチデートだしまだそのつもりはないがとにかく買いたくなったのだ。そして買い揃えてみると久々に女子に戻った気分になった。「女子」でいるか「おばさん」でいるかは気持ち次第だと改めて思う。

髪色を変えただけで周りにも変化があった。保育園ではグク先生に「すごく可愛いです!」「似合ってます!」とウルウルした瞳で3日連続褒められた。職場ではナム君が「ソンべ、何かあったの?」と、動揺したように数秒無言で見つめてきた。我が家に来たソクジン先輩は「お前、なんだか雰囲気が変わったぞ」と嬉しいような寂しような顔をした。私は本当に何か変わってきているのだろうか。

ジミン君とのデートは驚きの連続だった。

そもそも、デートの行き先は動物園だった。前日にそれを知らされ、悩んだ末に新調したワンピースは出番を失った。シュウを預けてのデートなのに、ジミン君の計画は何なんだろうと思ったが、当日の彼を見るに、単純に動物園に行きたかったようなのだ。そして確かに、大人ふたりで動物園を回るのはとても楽しかった。動物の赤ちゃんに癒されたり、人間らしい動きをするゴリラに共感したり、気持ち悪い爬虫類を見て騒いだり...私たちの距離は一気に縮まった。

ジミン君は私の心に爽やかな風を吹かせた。公園にストリートパフォーマーがいれば足を止め、見終わると必ず笑顔で、時に労いの言葉をかけつつチップをあげに行く。前の旦那なら好奇の目を向けるだけで終わり、よくやるよなぁ、なんて言う人だったのに。それに、いつも無邪気な子供のように見えて、どんな時もレディーファーストは徹底していた。道を歩く時も、エスカレーターに乗る時も、ドアを開ける時も席に座る時も、さりげなく、嫌味なく紳士なのだ。私を十分に気遣いながら最終的には全てをリードしてくれる。初めてのデートなのにすごく居心地が良かった。ジミン君、やるな。

ランチはジミン君オススメのお店でカルボナーラを食べた。とても美味しいと褒めたら目を細めてやったぁとガッツポーズをしたりするのだ。ああ、完全にジミン君のペース。彼の計画通りに進んでいる感じ。そしてこの流されていく感覚は、とても心地よい。

夕方、別れの時間が近づく頃、私たちは公園のベンチに座りちょっと話をした。私はジミン君が知っておくべき程度、離婚についての話をした。その間、彼は澄んだ瞳とこの上なく優しい表情で私を見つめるのだ。凝り固まった私の感情がゆっくりと解けていく感覚がする。空がわずかに橙色に染まっていく中、キラキラした瞳のジミン君を見ていたら理性を失いそうになった。それでも私の、この、数年前に凍らされてしまったハートはそう簡単には元に戻らないようだ。柔らかそうな唇の感触を味わいたい気もしたが、私はその素振りを見せないよう努めた。

「アミさんにはもう少し時間が必要なんですね。大丈夫、急かしませんよ。でも僕はアミさんが結構好きなんです。心の中を見せてあげたいくらい」

こんなことを言われて喜ばない女がいるか。私はなんて幸せ者なのだろう。つい何日か前までソクジン先輩とホソク先生の間で揺れていた女が今やこの有様。私の感情からほつれ出てしまった糸はさらにめちゃめちゃに絡まっている。自分で自分が嫌になるほどに。

(続く)

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