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私の好きな人 8
東京の街がクリスマスムードで華やぐ頃、法人営業部は担当クライアントへの挨拶回りで忙しい。今日は朝からソクジンから引き継ぐ企業を二人で回り、最後はホソクさんと合流して例のグローバル契約が破棄になったJ社へ訪問するという外回りデーだ。
高身長で美男子のソクジンとの同行だ。私はいつもより気合を入れて化粧をし、髪も美しく整え、7cmヒールを履いた。平日のオフィス街をソクジンと並んで颯爽と歩けば確実に気分がアガる。そして、見た目の美しい男はこうも沢山の女の視線を集めるのかということを直に学ぶことができる。駅で、道で、カフェで、ビルのエントランスで、ソクジンの隣にいると嫌というほどに女の攻撃的視線を感じる。
「ねえ。いっつもこんな感じ?」
「え?何が」
「女子の視線。必ず見つめられるでしょ?道で通り過ぎる人とかお店にいる人とか」
「そう…かな?あんま、気にしたことなかった」
「本当に?てか結構すごいよ?やー、彼女さん、大変だろうなぁ」
「はぁ?」
「いや、だって、私までたまに睨まれたりするんだよ。この女誰?みたいな目で」
「マジで?」
「うん。ソクジンの彼女さんは超天然か相当肝っ玉座ってるね」
「ははは。確かに、そんな感じかも」
彼女を思い出しているのか嬉しそうに笑うソクジンを見ながら男女が付き合うということについて考える。この広い東京、いや地球で、一人の男と一人の女が出会い彼氏彼女と呼び合う仲になるというのはどれほどの奇跡なのか。しかもその男が多くの女の関心を集める魅力を持っている場合、その男は何を基準に沢山の女の中からその一人を選ぶのだろうか。いや、恋愛をそんな風に捉えるのは野暮であろうか。ならば「運命」というやつなのだろうか。では5年も近くにいるのに結ばれていない私とホソクさんには「運命」がないのだろうか。それとも何かしらのアクションでその「運命」とやらを手繰り寄せることはできるのだろうか…
「おーい、何ぼーっとしてんだよー」
「あっ、ごめん!」
「また変なこと考えてただろ、すぐわかる」
「あはは、全部お見通しなの?」
「お前はお前が思ってる以上に顔に出るタイプだからな」
「えー、その言葉そっくりそのままお返ししたいんだけど」
「やー!」
・・・
地下鉄駅を出ると乗る前に見た綺麗な夕焼けはその名残すら消えて、街は濃い藍色ですっぽり包まれていた。冷たい夜の空気に急かされるように私たちは早足でJ社のビル近くの喫茶店へ入った。ホソクさんとの待ち合わせ場所だ。
「おつかれさまです」
ホソクさんはPCを開いて仕事していた。だいぶ前に着いたのだろうか、コーヒーカップはもう空っぽでテーブルの隅に置かれている。
「おー、お疲れ。そこ座って、まだ30分くらいあるだろ?」
「はい」
「コーヒーでいい?」
「いや、コーヒーはちょっと。今日はもう飲みすぎたんで」
「そうか。何社行ったんだっけ?」
「4社です」
「わお!そりゃほんとにお疲れ様だな。でも喉乾いてない?何でもいいから好きなの頼みな」
「じゃあ僕は…コーラで」
「え?コーラ?じゃあ私は…クリームソーダで」
「小学生かよ」
「いいじゃん、飲みたいんだもん」
向かいの席でニコニコと笑うホソクさんは店員を呼び「コーラひとつとクリームソーダふたつ」とオーダーした。
「へへ。俺も飲みたくなった」
こうしてスーツ姿の3人組は背の高い脚付きグラスに入ったジュースを飲みながらJ社訪問の作戦会議を始めた。真剣な顔で難しい話をしながら柄の長いスプーンでアイスクリームをすくい口に運ぶホソクさんを見ていたら急に可笑しくなって、私は小さく吹き出した。それに気付いたホソクさんは「なに笑ってる?」とつっこむような顔でスプーンの先を私の方に向けたあと、またアイスをひとすくいして、今度は目をオーバーめにギュッと閉じ「美味し〜い!」の顔をして私を笑わせた。
・・・
「結論から言いますと、日本に限っては引き続き御社と取引させていただきたいと思っています」
アメリカ本社での契約がなくなったJ社に取引を継続してほしいという一縷の望みはミーティングが始まってすぐに、あっけなくも叶った。私たち3人から安堵の空気が漏れると会議室の雰囲気は途端に温かくなる。
「実は本社が契約した競合他社さんが先日うちに挨拶に来たんですけどね、御社よりサービスが落ちるし、なによりも営業担当の方が、ちょっと信頼できない雰囲気で…僕がジンさんに慣れてしまってるものだから目が厳しくなってるのかな。ジンさんが転職されると聞いたから少し悩んだんですが、僕はいい縁は大切にしたいって考える古いタイプの人間なんですよ。だから本社に強く言って御社との契約継続の許可をもらいました」
・・・
ビルの一階まで丁重に見送られ、外へ出るとツンと冷たい夜の風が温まりすぎた身体を爽やかに通り抜けた。
「ジーンっ!ジーーーンっっ!!」
ホソクさんがソクジンの肩を嬉しそうに叩き笑顔で握手を求めると、ソクジンも恥ずかしそうに笑って応じる。
「いやぁ、素晴らしい。これこそ営業という仕事の存在価値だ。あっぱれだ、ジン!」
「いやいや。でも安心しました。良かったです」
「やー、俺も今日からぐっすり眠れそうだよ。ありがとう!」
・・・
駅に向かう途中でソクジンは「僕は今日はJRなんで」と別方向へ向かった。ホソクさんとふたりきりになると、先ほどまでの興奮した空気もなくなって私はまた緊張してしまう。
「森山さん、この後予定ある?」
「いえ、特には」
「あっち、イルミネーション綺麗そうだけど、歩いてみる?」
「え!いいんですか?!」
思わずオタクみたいな反応をしてしまった私にホソクさんは優しく微笑んだ。
「あと、近くに好きな店があるんだけど、もし良かったら一緒にどう?」
「は、はい!」
イルミネーションの光が視界に入ってくると頭の中でシャンシャンシャンと鈴の音が鳴った。この夜はサンタさんから私へのプレゼントなのだろうか。こんなに嬉しい気分は、久しぶりだ。
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