小学校以来の友人と会った

 小学校の友人と会った。私は中学受験して地元を中学で離れたので、彼女らと会うのは小学校卒業以来であり、本当に10年ぶりとかだった。

 博多駅で待ち合わせをした。昼過ぎに起床し、研究室に顔だけ出して、そそくさと福岡へと向かった。お土産にもみじ饅頭を持って行くのは忘れなかった。
 充電がなかったから、最近お気に入りの音楽が聴けないままに改札を出た。人がいっぱいいたので、そんなすぐに友人ふたりを見つけることはできなかった。だけど、一度視界に入ると、彼女らこそが我が旧友だということは誰の目にも明らかだったね。
 10年あったので、「変わってない」なんてことはあり得ないのだが、私含め各々が、“まあそう育ちますわな”といった身なりをしていた。おっとりしてちょっと抜けてたけど潤滑油のような存在だった子は、The福岡の女(注1)って感じになっていた(友達1)。ボーイッシュでちょっと不思議な感じだった子は、なんかインスタグラマーみたいになってて、聞くと被写体やら男装やらコスやら他にも色々多彩にこなしているようだった(友達2)。
 わたしは「変わってないね」の言葉に、あんまり潤滑油ちゃんよりも鮮明でない自身の小学生のときの記憶と、自己の連続性の是非について考え、嘆いた。こんな感じだったっけ、そんなことあったっけ。小学生の魂は百までなのか? わたしはわたしの業から逃れられないのか。

 それはいいとして、わたしがついたのがちょうど夕飯時だったので、3人で博多の屋台に行った。屋台は観光客しか行かないときくが、そんな指摘はスタバの原価厨と同じである。まだ乳房も膨らみきってないような子供だった友達と、お酒を飲めるのはやっぱり感慨深かった。
 一通り巡り、キャナルシティのガンダムも見たので、友達1の家に場所を移し、お風呂を借りるなどしつつゆっくりと話した。
 友達2はなんか色々バックグラウンドが大変そうだった。そういうことを知らなかったというか、もしかするとロリの私が他人に無関心すぎただけかもしれないが、一緒に漫画を描いたり、公園で遊んだり、オタッキーな話で盛り上がったりしていたあの日々にも、彼女は彼女の影を落としていたのだなという気づきがあった。
 友達1のほうも、わたしや友達2が中学にあがるタイミングで地元を離れたあとに、色々思いつめたこともあったらしい。そういう話を聞くと、昔の私は、わたしがいたらそんな思いさせへんかったのにな、とかいう幼児的全能感によるやるせなさ、力の及ばなかった無力さを感じていた。今はなぜだかあまりその憤りを感じられなくなってしまった。だけど、友達2がまさにそういった感情を覚えていると吐露していたので、なんだか、わからないけどやはり我々は友達だったのだろうなと思った。
 主に友人2の独白を聞く形で、わたしたちは朝5時くらいまで起きて話していた。

 翌日は10時に起きて太宰府天満宮に行った。2はショートスリーパーでピンピンしてたが、1とわたしはもう寝不足でしょうがなかった。ちょうど梅の季節で綺麗だった。道中で食べた明太茶漬けは、アイスカップみたいな容器に入っているので500円くらいで、まあ美味かったけど、いかにもパターン化された“映え”もう飽きた、古紙みたいな質感、看板をバックに商品を手に持ち写真、えっふたりに写真送りたいからエアドロいいですか? あっ……わたし““Android””なんだよね え……あ、すごいかっこいいね、って感じだった。
 なんか、漏れたちは確かにあの小学校で「陰」で「オタク」だったけど、この10年でオタクがもう個性ではなくなり、快活で活動的なオタクは彼女たちのように大衆の文化にも迎合し、田舎特有のコミュニティの狭さによりギャルとも仲良くしていたり、あるいはゴリゴリの都会で普通に洗練された雰囲気を会得したりしていたのだ。
 わたしがひとりで、あるいは大学の似たようなバックグラウンドの友達と太宰府にいこうものなら、なんか人が多くて並んでる割にそこまでではないだろみたいな店に並んで500円の茶漬けを食べることなどないだろうし、神社内でいかにもインスタ用だろみたいな写真を撮ってる外国人観光客を全力で小馬鹿にするだろうし、今後の予定にアフタヌーンティーは検討しないだろう。
 でも、彼女たちといったから、博物館に行こう!となったので、やっぱり良いものだ。

 その日の夜、仕事終わりの友人3も合流して、4人でまた酒を飲んだ。友人3は喋り方がこればかりは本当に変わっていなくて、ちょっと私と似た雰囲気を醸し出していながら、でも社会人のお姉さんといった感じだった。あの頃は想像もつかなかったけど、ちゃっかりネトナンされた人と数年も交際を続けており、夜にはその彼からもらったジェラピケを着ていたので、腹を抱えて笑い、クソほどいじった。
 彼女がいるといないではみんなで話す内容も全然違って、潤滑油2(ツー)と言っても過言ではない馴染みやすい人だった。

 わたしたちは互いに似たところや共通の趣味もあるけれど、4人ともに違う部分があって、多分だけどみんなそのちがうところに自己を建てているので、こういう再会だとか同性のあつまりにありがちのマウンティングがほとんど発生しなかった。多分このマウンティングが発生しないというのが実は結構効いていたのではないかと思う。
 わたしとかだと、学歴やら就職やらでマウントとっちゃうだろうし、「地元」コミュニティだったら結婚やら恋人やらになるだろうし、サブカルだとSNSのフォロワーやらコミケやらみたいなマウントが発生するだろうけど、みんなそれぞれ“がんばったこと”が違うので、まあその点においてはお前が優秀ですわな、漏れは“こちら”がありますが……となるんだろうなと思った。
 唯一彼氏がどうのみたいな話にはなったが、みんな別に他人の彼氏の学歴やら顔やら年収やらに興味がなさそうだったので、まあお決まりのやつだからさわりだけやっとくかみたいな掘り下げ具合で終わった。
 みんなタイプが違って、かぶりがないから、ヒーラーやらタンクやら役割分担があるRPGみたいやねという話になった。私が感じたことを他人も同じように思っているのは、嬉しい。

 そんな感じで、まあ飽きて帰りたいと思ったことは何度もあったが、楽しい2泊3日だった。
 ただ、ことあるごとに「おもしろい」だとか「賢い」だとか肯定されるので、本当に自分が尊大な人間で、今は鳴りを潜めているだけである気持ちや、まじで堕落してしまったのだという絶望や、過大評価だろという思いが色々浮かんできて、だめになりそうだった。このぬるま湯に浸かってあのままそだっていたら、大した挫折も経験せずに大きくなっていたんだろうなと思った。
 まあ、大した挫折を経験せずに大きくなってはいるのだが。

 こころのふるさとなんていうと白々しいが、そんな気持ちを覚えた。出費に見合っているかはわからないが、とにかく良い経験だったことには違いない。
 あと、疲れると私はちょっと機嫌が悪くなることもわかった。別に何も変わったわけではないし、明日になればいつもどおりの日常が再開するだけだというのに、何故か革新的な真理を得たような気になるという点において、旧友と会うのはLSDをやるのと同じであると言えるかもしれない。

(注1)低身長たぬき顔ロング茶髪巻き髪。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?