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明治日本の産業革命遺産ミステリー小説

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人気ミステリー作家×明治日本の産業革命遺産のコラボ小説です。
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記事一覧

【世界遺産・短編小説】「明治七年の幽霊船」後編

 あんた、小菅修船場を見て何か気づかなかったかい。  そうさ、この修船場は元あった入り江を使って造られている修船場なのさ。海からやって来た船が、そのまんまこの修船場に入ることが出来ちまうのさ。だから、ここは特別な修船場なんだよ。こんなに修船場に適した地形ってのもないからな。英国のお偉い機械も、ここじゃあなかったらあんなに真価を発揮出来なかっただろうさ。  さっきも言った通り、こういう地の利もあって、小菅修船場ってのはとにかく賑わっているのさ。働いてる職人達も、そりゃまあ腕が良

【世界遺産・短編小説】「明治七年の幽霊船」前編

明治日本の産業革命遺産ミステリー小説 新人ミステリー作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞受賞者をはじめとした新進気鋭のミステリー作家たちが、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の地を実際に訪れて短編のミステリー小説を書き下ろし。広域にまたがる構成資産を舞台とした物語をミステリー作家陣が紡いでいきます。 ものづくり大国となった日本の技術力の源となり、先人たちの驚異的なエネルギーを宿す世界遺産を舞台にした不思議な物語を通じて、この世界遺産の魅力

【世界遺産・短編小説】「もちろん牛が先」後編

     3  歴史館を出ると、道を渡った向かいの川沿いに広々とした公園が現れる。土手の上に立つと周囲が広々と見渡せた。三重津海軍所の中心となる修覆場地区(ドック跡)、海軍の訓練を行った稽古場地区、実際にまだ使用されている船屋と並ぶ。修覆場に隣接する製作場の跡は一見、ただの草原だが、あちこちに遺構の平面表示や解説板があり、地形もそのまま残っているので、当時の施設のスケール感が実感できるようになっている。約百六十年前、まさにここで、この足下の同じ場所で、日本の未来をかけて蒸気

【世界遺産・短編小説】「もちろん牛が先」前編

明治日本の産業革命遺産ミステリー小説 新人ミステリー作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞受賞者をはじめとした新進気鋭のミステリー作家たちが、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の地を実際に訪れて短編のミステリー小説を書き下ろし。広域にまたがる構成資産を舞台とした物語をミステリー作家陣が紡いでいきます。 ものづくり大国となった日本の技術力の源となり、先人たちの驚異的なエネルギーを宿す世界遺産を舞台にした不思議な物語を通じて、この世界遺産の魅力

【世界遺産・短編小説】「幽霊はどこへ行く」後編

 翌日、ふたたび稲音館を訪ねた私に、新森さんは不思議そうに首をかしげた。 「あら、おはよう。今日は一人なの?」 「はい。新森さんと話をしたくて」  ほかの人がいたら昨日みたいにはぐらかされてしまうかもしれない。だから開店直後のこの時間を狙って、一人で祖母の家を出てきた。 「私と? どんな話かしら」  新森さんが不思議そうにしながらも、椅子をすすめてくれた。 「幽霊の正体です」  私は椅子に腰をおろしながら言った。 「幽霊……」と、なんのことかわからないという顔

【世界遺産・短編小説】「幽霊はどこへ行く」前編

明治日本の産業革命遺産ミステリー小説 新人ミステリー作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞受賞者をはじめとした新進気鋭のミステリー作家たちが、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の地を実際に訪れて短編のミステリー小説を書き下ろし。広域にまたがる構成資産を舞台とした物語をミステリー作家陣が紡いでいきます。 ものづくり大国となった日本の技術力の源となり、先人たちの驚異的なエネルギーを宿す世界遺産を舞台にした不思議な物語を通じて、この世界遺産の魅力

【世界遺産・短編小説】「追憶の炭細工」後編

 万田坑のガイドツアーを終えた八雲は、少し涼みませんかと薫を誘った。  休憩所で喉を潤し、ひと息ついてから、弥吉の彫刻を撮った写真を彼女に見せる。 「実は――」  八雲は万田坑を訪れた本当の目的を明かす。求めていた答えへと着実に近付いている感覚はあったが、あと少し、何かが足りない。薫の助けがその突破口になる気がしていた。  彫刻をじっくりと観察していた薫は、「少し時間をください」と顔を上げた。 「心当たりがあるんです。こちらで探してみます」    薫からの調査結果が届いたのは

【世界遺産・短編小説】「追憶の炭細工」前編

明治日本の産業革命遺産ミステリー小説 新人ミステリー作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞受賞者をはじめとした新進気鋭のミステリー作家たちが、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の地を実際に訪れて短編のミステリー小説を書き下ろし。広域にまたがる構成資産を舞台とした物語をミステリー作家陣が紡いでいきます。 ものづくり大国となった日本の技術力の源となり、先人たちの驚異的なエネルギーを宿す世界遺産を舞台にした不思議な物語を通じて、この世界遺産の魅力

【世界遺産・短編小説】「先生の言葉を探して」後編

 高橋は三島駅前のホテルに泊まっていたので、次の朝、伊豆箱根鉄道駿豆線に乗って、韮山高校近くの韮山駅まで行く。駿豆線のホームはどこかレトロなつくりで、外国人観光客が珍しげに写真を撮っていた。線路は単線で、車両も三両のみと短い。  韮山駅の改札を出て、さて、どちらの道で行こうか少し迷う。一方は農道で、もう一方の道は少し遠回りになるが、店などがある通りだった。あの頃、友人や恋人たちと賑やかな方の道を行く学生らを尻目に、高橋は常に農道の方をひとりで通っていた。今日は日曜で学生はいな

【世界遺産・短編小説】「先生の言葉を探して」前編

明治日本の産業革命遺産ミステリー小説 新人ミステリー作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞受賞者をはじめとした新進気鋭のミステリー作家たちが、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の地を実際に訪れて短編のミステリー小説を書き下ろし。広域にまたがる構成資産を舞台とした物語をミステリー作家陣が紡いでいきます。 ものづくり大国となった日本の技術力の源となり、先人たちの驚異的なエネルギーを宿す世界遺産を舞台にした不思議な物語を通じて、この世界遺産の魅力

[クイズ正解者から抽選で100名様に当たる!]小説を読んでプレゼントをゲットしよう!

世界遺産「 明治日本の産業革命遺産 製鉄・ 製鋼、造船、石炭産業」は2015年の世界遺産登録からまもなく10周年を迎えます。世界遺産登録10周年に向けたプロモーションの一貫である「明治日本の産業革命遺産ミステリー小説」は、明治日本の産業革命遺産と、人気ミステリー作家のコラボプロジェクトで、構成資産を舞台としたミステリー小説を複数の作家が紡いでいくものです。 昨年2月に公開された第1回から現在まで7名の作家とのコラボレーションが実現しました。これを記念してクイズ&アンケートキ

【世界遺産・短編小説】「奔流と凝固」後編

 山間の開けた景色に、その施設はあった。  真新しさを感じさせるコンクリートで綺麗に整地されているものの、その綺麗さは逆に、ここもまた激しい奔流に飲まれてしまった土地なのだということをわたしに印象付けた。雰囲気としては、道の駅を連想させる建物だ。何の気なしに駐車場へと車を駐めて、わたしはそこを訪れた。  館内は明るく、近代的で柔らかな印象を持っていたけれど、そこにあったのは東日本大震災の記録だ。震災直後になにがあったのか、津波の被害がもたらしたもの、わたしたちが学ぶべき教訓、

【世界遺産・短編小説】「奔流と凝固」前編

明治日本の産業革命遺産ミステリー小説 新人ミステリー作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞受賞者をはじめとした新進気鋭のミステリー作家たちが、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の地を実際に訪れて短編のミステリー小説を書き下ろし。広域にまたがる構成資産を舞台とした物語をミステリー作家陣が紡いでいきます。 ものづくり大国となった日本の技術力の源となり、先人たちの驚異的なエネルギーを宿す世界遺産を舞台にした不思議な物語を通じて、この世界遺産の魅力

【世界遺産・短編小説】「あと、ひと言だけ」後編

 萩の空気――たしかに、そうなのかもしれない。  俺たちが演じようとしているのは、激動の幕末で道なき道を切り拓いた長州志士たちだ。欧米列強の段違いの軍事力を目の当たりにし、あきらめて閉じこもるのではなく、今のままでは強い鉄が作れないのなら作れるようになろうと見様見真似で反射炉を作り、西洋式の船を作れるようになろうと試行錯誤を重ね、強い軍隊を作ろうと改革を推し進めた男たち。彼らは失敗も、それまでの自分たちを壊すことも恐れず、常に挑戦し続けた。 「さ……クランクインまでにはまだ日