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明治日本の産業革命遺産ミステリー小説

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人気ミステリー作家×明治日本の産業革命遺産のコラボ小説です。
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世界遺産「 明治日本の産業革命遺産 製鉄・ 製鋼、造船、石炭産業」は2015年の世界遺産登録からまもなく10周年を迎えます。世界遺産登録10周年に向けたプロモーションの一貫である「明治日本の産業革命遺産ミステリー小説」は、明治日本の産業革命遺産と、人気ミステリー作家のコラボプロジェクトで、構成資産を舞台としたミステリー小説を複数の作家が紡いでいくものです。 昨年2月に公開された第1回から現在まで7名の作家とのコラボレーションが実現しました。これを記念してクイズ&アンケートキ

【世界遺産・短編小説】「奔流と凝固」後編

 山間の開けた景色に、その施設はあった。  真新しさを感じさせるコンクリートで綺麗に整地されているものの、その綺麗さは逆に、ここもまた激しい奔流に飲まれてしまった土地なのだということをわたしに印象付けた。雰囲気としては、道の駅を連想させる建物だ。何の気なしに駐車場へと車を駐めて、わたしはそこを訪れた。  館内は明るく、近代的で柔らかな印象を持っていたけれど、そこにあったのは東日本大震災の記録だ。震災直後になにがあったのか、津波の被害がもたらしたもの、わたしたちが学ぶべき教訓、

【世界遺産・短編小説】「奔流と凝固」前編

明治日本の産業革命遺産ミステリー小説 新人ミステリー作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞受賞者をはじめとした新進気鋭のミステリー作家たちが、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の地を実際に訪れて短編のミステリー小説を書き下ろし。広域にまたがる構成資産を舞台とした物語をミステリー作家陣が紡いでいきます。 ものづくり大国となった日本の技術力の源となり、先人たちの驚異的なエネルギーを宿す世界遺産を舞台にした不思議な物語を通じて、この世界遺産の魅力

【世界遺産・短編小説】「あと、ひと言だけ」後編

 萩の空気――たしかに、そうなのかもしれない。  俺たちが演じようとしているのは、激動の幕末で道なき道を切り拓いた長州志士たちだ。欧米列強の段違いの軍事力を目の当たりにし、あきらめて閉じこもるのではなく、今のままでは強い鉄が作れないのなら作れるようになろうと見様見真似で反射炉を作り、西洋式の船を作れるようになろうと試行錯誤を重ね、強い軍隊を作ろうと改革を推し進めた男たち。彼らは失敗も、それまでの自分たちを壊すことも恐れず、常に挑戦し続けた。 「さ……クランクインまでにはまだ日

【世界遺産・短編小説】「あと、ひと言だけ」前編

明治日本の産業革命遺産ミステリー小説 新人ミステリー作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞受賞者をはじめとした新進気鋭のミステリー作家たちが、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の地を実際に訪れて短編のミステリー小説を書き下ろし。広域にまたがる構成資産を舞台とした物語をミステリー作家陣が紡いでいきます。 ものづくり大国となった日本の技術力の源となり、先人たちの驚異的なエネルギーを宿す世界遺産を舞台にした不思議な物語を通じて、この世界遺産の魅力

【世界遺産・短編小説】「すべては水に流して」後編

 **********    岩崎三郎さんは極めて優れた技術者だった。年齢は私より三つ年上でポンプ室設備を誰よりも知り尽くしていた。ポンプ室は一九一〇年に完成、送水システムの設計監理は日本近代水道の父と呼ばれる中島鋭治、東京帝国大学教授先生だ。測量や工事の担当は亀井重磨。そして建物の設計は舟橋喜一。奈良帝国博物館や迎賓館の工事にも携わったすごい人さ。  完成当初、ポンプ室に導入されたボイラーは明治時代に国内シェアの大半を占めていたバブコック&ウィルコックス社製だ。そして肝心な

【世界遺産・短編小説】「すべては水に流して」前編

明治日本の産業革命遺産ミステリー小説 新人ミステリー作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞受賞者をはじめとした新進気鋭のミステリー作家たちが、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の地を実際に訪れて短編のミステリー小説を書き下ろし。広域にまたがる構成資産を舞台とした物語をミステリー作家陣が紡いでいきます。 ものづくり大国となった日本の技術力の源となり、先人たちの驚異的なエネルギーを宿す世界遺産を舞台にした不思議な物語を通じて、この世界遺産の魅力

【世界遺産・短編小説】「八幡女のニセ札騒動」後編

「それが、この眺望スペース、ってことですか?」  慎吾が周囲を見渡しながらきいた。北九州高速五号線の高架脇に、官営八幡製鐵所旧本事務所の眺望スペースが設けられている。屋根のあるベンチに、慎吾とあたしは並んで腰かけていた。蝉の音が四方からきこえて耳が痛いほどだ。それをかき消すように、トラックが高速を走り抜ける振動が響く。  あのときと変わらず、旧本事務所の赤レンガが光を受けて輝いていた。 「そういえば、社会の授業で習いました。世界遺産なんですよね。ヨーロッパではじまったサンギョ

【世界遺産・短編小説】「八幡女のニセ札騒動」前編

明治日本の産業革命遺産ミステリー小説 新人ミステリー作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞受賞者をはじめとした新進気鋭のミステリー作家たちが、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の地を実際に訪れて短編のミステリー小説を書き下ろし。広域にまたがる構成資産を舞台とした物語をミステリー作家陣が紡いでいきます。 ものづくり大国となった日本の技術力の源となり、先人たちの驚異的なエネルギーを宿す世界遺産を舞台にした不思議な物語を通じて、この世界遺産の魅力を

【世界遺産・短編小説】「幸せな週末」後編

 自宅に帰り着き、玄関を開ける。リビングに足を踏み入れた瞬間、私は息を呑んだ。 「何これ……」  部屋の中は、折り紙の輪つなぎやリボンやモールなどで飾りつけされていた。白い壁には、英字のシールで〈HAPPY BIRTHDAY〉と綴られている。 「ママ、誕生日おめでとう」  夫が私に、花束を差し出してきた。びっくりしつつ、私は受け取る。 「今日が四十歳の誕生日だろ。サプライズをしたかったから、秀吾に協力してもらって、ママを家から連れ出させたんだ。じゃないと、週末はなかなか外出し

【世界遺産・短編小説】「幸せな週末」前編

明治日本の産業革命遺産ミステリー小説 新人ミステリー作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞受賞者をはじめとした新進気鋭のミステリー作家たちが、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の地を実際に訪れて短編のミステリー小説を書き下ろし。広域にまたがる構成資産を舞台とした物語をミステリー作家陣が紡いでいきます。 ものづくり大国となった日本の技術力の源となり、先人たちの驚異的なエネルギーを宿す世界遺産を舞台にした不思議な物語を通じて、この世界遺産の魅力を

【世界遺産・短編小説】「夏の三角の夢」後編

 浦島太郎は龍宮で宴に酔いしれた後、老いた両親を心配して村に戻った。すると故郷の風景は一変していた。見知った家々は消え、田畑や神社の場所まで変わっていた。しかし山々の輪郭や小川、海岸線だけは以前の姿を保っていたという。  私の置かれた状況も同じなのだろう。海峡の先に見える天草の景色や三角港の裏手にある山々、埠頭や排水路、そして数少ない建物だけは当時のままだ。しかしどれだけの時間が経ったのかわからないが、三角港の街並みには変化が見てとれた。  私は龍王の姫との甘い日々など送って

【世界遺産・短編小説】「夏の三角の夢」前編

明治日本の産業革命遺産ミステリー小説 新人ミステリー作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞受賞者をはじめとした新進気鋭のミステリー作家たちが、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の地を実際に訪れて短編のミステリー小説を書き下ろし。広域にまたがる構成資産を舞台とした物語をミステリー作家陣が紡いでいきます。 ものづくり大国となった日本の技術力の源となり、先人たちの驚異的なエネルギーを宿す世界遺産を舞台にした不思議な物語を通じて、この世界遺産の魅力を

【世界遺産・短編小説】「軍艦島と白い宝石」後編

〈3〉  翌朝、美咲は善朗とともに、長崎港大波止ターミナルから高速船に乗り、伊王島港を経由して高島に渡った。幸運にも、波は穏やかだ。季節によっては、軍艦島への上陸率は決して高くないと聞いていた。港に接岸する前から、森田正利が手を振っているのが目に入った。小柄なその姿には優しさが溢れている。  近づいていくと、手を差し出してきたのでその手を握る。力強く握り返された。 「美咲ちゃん、元気やった?」 「ご無沙汰しています。おかげさまでなんとか」  森田がゆっくりと頷き、「今回は仕