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鏡に映る真実

山本琢磨は書斎のデスクに座り、じっとスマホの画面を見つめていた。指先に僅かな汗がにじみ、緊張が体中を駆け巡る。今日は重要な日だ。数か月かけて周到に準備してきた計画を実行に移す日である。

ターゲットは山本のビジネスパートナー、田岡修一。山本は田岡の成功と影響力に嫉妬し、自らの立場を守るために田岡を排除しようと密かに決意したのだ。

その夜、山本は田岡の自宅を訪れた。表向きは新しいビジネスプランについて話し合うためだったが、実際には彼の計画を実行するためだ。山本は事前に田岡のスマホにアクセスし、自撮り写真を撮らせるためのアプリをインストールしておいた。そのアプリは特定の時間になると自動的に写真を撮影し、山本の計画の一部としてアリバイを偽装するのに使われるのだ。

山本は持参してきたワインを田岡に勧めた。田岡は何の疑いもなくそれを受け取る。山本は極力楽しい時間を演出しようと努めた。しかし、ワインには山本が用意した強力な鎮静剤が混ぜられていた。

田岡が意識を失うと、山本は素早く行動に移った。彼は田岡を書斎に運び込み、ドアと窓を内側から施錠した。次に、田岡のスマホを使って写真を撮影し、彼がまだ生きていることを示す証拠として残した。

すべてが完了した後、山本は自宅に戻り、何食わぬ顔で夜を過ごした。翌朝、田岡の死体が発見され、警察が捜査を開始した。山本には完璧なアリバイがあり、自分の計画が成功したことを確信していた。

数日後、山本の自宅に刑事二人が訪れた。片方は年配のベテラン刑事、もう片方は若手の熱血刑事風の男だった。

絵に描いたような「良い警官役」と「悪い警官役」の組み合わせだと思った。悪い警官役が暴走気味に突っかってくると良い警官役がたしなめる役割なのだろう。

二人は型どおり自己紹介してから、山本にいくつかの質問を投げかけた。

「山本さん、立ち入ったことをお聞きして申し訳ありません。田岡さんとの関係についてお聞きしたいのですが、最近何か気になるようなことはありませんでしたか?」と悪い警官役が尋ねた。思いのほか丁寧な言葉遣いだ。軽く頭を下げながら非礼を詫びる態度は、指導の行き届いた訪問販売員のように見える。

「特に問題はありませんでした。ただ、彼とはビジネス上の意見の相違が時折ありましたが、それは普通のことです。」山本は落ち着いて答えた。

良い警官役が次に質問をした。「その夜、あなたはどこにいましたか?」

「自宅にいました。海外のクライアントとのオンラインミーティングが思いのほか長引いてしまって。何ならログデータを確認しましょうか?」山本は微笑んだ。すべて想定内のやり取りだ。

刑事たちはしばらく質問を続けたが、山本の回答には矛盾がなく、彼の自信に満ちた態度に疑いを抱くことはなさそうだった。

最後に、悪い警官役がポケットからスマホを取り出し、山本に見せた。「山本さん、これが田岡さんのスマホに残されていた自撮り写真です。」

山本は一瞬驚いたが、すぐに冷静を取り戻した。「そうですね、彼はよく自撮りを撮っていましたから。」

良い警官役が山本の顔をじっと見つめた後、ぞんざいな口調でつぶやいた。「あんた、スマホの自撮りが鏡像になっていることを知らなかったのか?」

その一言が山本の全てを崩壊させた。写真の中で田岡が持っている本のタイトルが、鏡像であるべきなのに普通の向きで写っていたのだ。山本の偽装はこの一瞬で破綻した。

「どうして…」山本は震える声で言った。「どうしてこんな初歩的なミスを…」

悪い警官役が、優しいまなざしで静かに答えた。「完全な密室殺人なんて存在しないんですよ、山本さん。どんなに計画を練っても、真実はいつか必ず露見するものです。詳しくお話をお聞きしたいので、署までご同行いただけますか?」

逮捕状が出ていないため手錠こそかけられなかったが、良い警官役に乱暴に片腕をつかまれた瞬間に山本は思った。「こちらまで反転してやがる。」

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