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伶果と過ごした36週2日と78時間43分(1)

<出産前日>
パートも産休に入って一か月過ぎ、ごたごたしていた家のことや、たまっていた仕事も粗方片付いて、この日はトイレの網戸を洗ったり、雑巾がけをしたりしてから、午後は翌日の長女の誕生日のために、お手紙を書いていた。「2歳になったマルちゃんへ。来年も家族みんなで笑っていられますように。」と。長女との楽しかった日々を振り返り、「もうすぐお姉ちゃんになるけどこれからもよろしくね」みたいな内容だった。プレゼントとして用意した手作りのエプロンと一緒に、お手紙を袋に入れて、これで明日の準備は完了。
それから、産後の家事育児フォーメーションを作成した。実家の母にお願いすることや、保育園から帰ってきた長女マルの前で授乳しないですむようなタイムテーブルを考えた。パソコンに向かっている間も、お腹の中では元気よく動いていた。
ベビーシートもマルが使っていたものを洗ってセットしたし、新生児用のオムツも買ったし、すぐに大きくなっちゃうだろうからSサイズのオムツも買った。2日前には夫と一緒に赤ちゃんの退院用のお洋服も西〇屋で買って水洗いして、肌着と一緒に用意した。入院用のバッグに母乳パッドやら栄養ドリンクなど詰め込んで、準備は万端。「もういつ生まれてきても大丈夫だよ」とお腹に話しかけたころで、ちょうど保育園のお迎えの時間になった。

保育園にお迎えに行ったとき、先生が「顔色が悪いけど大丈夫ですか?」と心配してくれた。このときはいつもの張り程度で、あまり自覚症状がなかったので、「メイク直しもしないで出てきちゃったせいかな」って思っていた。
この帰り道、一方通行のいつもの跨線橋で、なぜか信号が変わっても対向車が途切れず、3回信号が変わるのを待ったけど一向に進まなかったので、別の道へ回った。それが失敗だった。どうやらそっちで事故があって、跨線橋の方にいつも以上の車が流れてきていたようだ。そこから本当の事故渋滞にはまって、まったく動かなくなってしまった。渋滞中に母から電話があった。明日のマルの誕生日会は父も一緒に来られるとのこと。車のスピーカーで電話しているあいだにもマルはグズりだして、なだめながら、通常なら15分で帰れるところ、かれこれ1時間以上かかって、マルも限界に近付いたところで、やっと家に着いたのが19時。
車庫入れをするとき、夫の自転車がないと「まだ帰ってきてないのか」とガッカリして気が重くなるのはいつものこと。保育園から帰宅後~夕食・風呂・寝かしつけを一人で対処するのが辛い。夫には1分1秒でも早く帰ってきてほしい。1歳~2歳の何するかわからない幼児を相手に、一人で家事&育児をするのは、妊婦には辛すぎる。
ミートソースドリアを作るつもりだったけど、なんだか少しお腹が痛いのもあったし、早くマルにご飯を食べさせないとギャーギャーうるさいので、イワシのかば焼きの缶詰をあけて、簡単ごはんにした。

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