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仮面舞踏会:暗殺はくじ引きのあとで(リベルテ第7回公演)

2022年9月30日(金)18:30~ 石川県立音楽堂交流ホール

ヴェルディ/歌劇「仮面舞踏会」(演奏会形式,全3幕,字幕付き上演)

●演奏
辻博之(指揮),小野寺美樹(ピアノ)
合唱:リベルテ・アンサンブル(東園,前澤歌穂,宮下雄貴 他)

●配役
アメリア:百々あずさ(ソプラノ),リッカルド:与儀巧(テノール),レナート:原田勇雅(バリトン),ウルリカ:鳥木弥生(メゾ・ソプラノ),オスカル:石川公美(ソプラノ),シルヴァーノ:西村朝夫(バリトン),サムエル:伊藤貴之(バス),トム:松中哲平(バス),判事:近藤洋平(テノール),召使:門田宇(バリトン)

Review

2020年に,コロナ禍で歌声が消えてしまわないようにという思いで北陸ゆかりの歌手たちを中心に結成された「リベルテ」によるヴェルディの歌劇「仮面舞踏会」公演が石川県立音楽堂交流ホールで行われたので聴いてきました。今回の会場は,コンサートホールではなく,ピアノ伴奏による演奏会形式による上演でしたが,北陸地方ではなかなか全曲上演される機会のないオペラの全貌を味わうことができました。私自身にとっても初めて聴く作品でしたが,その魅力を十分に楽しむことができました。

会場の交流ホールは,ステージと客席の距離が短いのが特徴です。各歌手の表情がしっかりと分かるような至近距離で迫力たっぷりの歌唱を楽しむことができました。合唱団は10人程度のアンサンブルでしたが,精鋭が集められており,こちらも迫力十分でした。

オペラは3幕から成っており,この日は各幕ごとに15分の休憩が入りました。ステージの奥にはモニターがあり,そこに各場面に応じた映像と字幕が投影されていました。音楽を中心に味わうには,このスタイルが最善かもと感じました。

指揮者の辻博之さんは,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の公演でもおなじみの方です。にこやかな表情で登場後,全曲に渡って,メリハリの効いたキビキビとした音楽を聴かせてくれました。

前奏曲は短いものでしたが,作品全体のライトモチーフ的な主題をいくつか聴かせるようなもので,第1幕が始まると,そのメロディが歌唱で繰り返される感じで始まりました。リッカルド(ボストン総督(オリジナルの戯曲ではグスタフ3世という実在の人物)はテノールの与儀巧さん。明るくリリカルな声が心地よかったですね。

続いて,小姓オスカルが登場。おなじみ石川公美さんが目が覚めるような声を聴かせてくれました。キャラクターにぴったりの声と安定感のある歌唱が素晴らしいと思いました。役柄的には脇役ですが,コロラトゥーラを含むような華やかな曲が多く,オペラ全体を大きく盛り上げていました。その後,レナート(リッカルドの秘書)が登場。こちらも金沢ではおなじみの原田勇雅さんが,忠実なキャラクターにぴったりの真面目な歌を聴かせてくれました。

第1幕第1場の最後は,これらの登場人物による生き生きとしたアンサンブル。この盛り上がりが素晴らしかったですね。至近距離ならではの楽しさでした。こういったアンサンブルが各場の最後の方に出てくるのも,ヴェルディらしいと思いました。

第1幕第2場は,不協和音3つで開始。予言で人々を惑わす占い師ウルリカが主役になる場でした。ウルリカはこの場にしか登場しませんが,オペラ全体の影の支配者のような運命を動かす人物的な迫力がありました。「出るぞ,出るぞ....」というムードの中から,これまたおなじみの鳥木弥生さんが登場。情熱的ですごみのある声で存在感を発揮していました。

その後,この作品のヒロイン,アメーリアが登場。百々あずささんの声には,少し暗さが混ざったような独特の色があり,威力十分でした。この場の締めの盛り上がりも迫力十分。会場があまり大きくなかったので,響きがビリつくぐらいでした。

第2幕は,アメーリア,リッカルド,レナートの主要な3人が「ニアミス」を起こす場。この作品のストーリーを単純化すると,上司とその部下の奥さんとの間不倫ドラマということになります。その当事者の3人ともが悪い人ではなく,真面目な故に,収集がつかなく,葛藤が膨れ上がるといったところがあります。その辺の三角関係がじりじりと伝わってくる場でした。

特に印象的だったのが,アメーリアとリッカルド。アメーリアの声には力があり,メゾ・ソプラノ的な感じ。ドラマの先行きを示すような不吉な感じが漂っていました。リッカルドの方は,まさに二枚目的で,純粋な思いがストレートに伝わってきました。この2人の絡み合いが聴き所でした。

第2幕の後半には,サミュエルとトムという強面の殺し屋2名(2人ともバスだと思います)が登場。この2人も脇役でしたが,伊藤貴之さんと松中哲平さんの声は聞き応え十分。惚れ惚れするような美しさと迫力のある声を楽しむことができました。

第3幕は,妻の裏切りを知ったレナートの怒りの場。忠実な部下だったレナートが憤る歌唱もまた迫力十分。輝きのある声を聴かせてくれました。その後,殺し屋2名に暗殺者に加えてくれとレナートが嘆願。そして,今回の公演のサブタイトルにあるように「くじ引き」を行い,レナートが「当選」。真面目な人物が殺人者に変わってしまうのも,元をただせば,アメーリアの魅力ということになるのかもしれません。

最後の第3幕第2場では,まず,リッカルドによる純粋な思いが染み渡るような歌が印象的でした。リッカルドを刺すことになるレナートの絶唱も聴き応えがありました。仮面舞踏会という華やかな場での殺人という設定もドラマティックでした(この場については,演奏会形式でない本来の形で観てみたいなと思いました)。ひたひたと迫ってくるような静と動の対比も味わうことができました。

最後,リッカルドはレナートに「アメーリアは潔白だ」と告げ,「謀反人をすべて許す」と言って亡くなるのですが,この場での合唱の美しさも聴き応えがありました。どこか宗教曲を聴くようなムードがありました。そして作品全体の最後は,念を押すような力強さ。やっぱりヴェルディだなぁというエンディングでした。

というようなわけで,初めて聴く,ヴェルディの傑作オペラをしっかりと楽しむことができました。ストーリー的にも分かりやすい作品でしたので,一度,本来のオペラとしても観てみたいと思いました。北陸地方ゆかりの歌手たちを中心とした「リベルテ」によるオペラ公演。次回公演も楽しみにしたいと思います。

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