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【みんなで選ぶ一人小説ダンス劇】毎日連載「〇〇な男」第2話

ダンス劇作家「熊谷拓明」が、この度の緊急事態宣言が解除されるまで     ダンス劇小説を毎日連載!
もっともいいねを集めた作品を、収束後どこかの会場で、
熊谷が60分の1人小説ダンス劇として上演致します。

第2話「グラス越しな男」作・熊谷拓明

紺色の電動自転車を、強い朝日を受けながら、長い髪を耳の後ろ辺りでお団子にしている彼女は、赤いヘルメットを被せた、おそらく4,5歳のふっくらした男の子をチャイルドシートに乗せて押していた。

狭い路地である上に、さらに関東バスが頻繁に往来するこの道では、はなから自転車を押して通るのが無難なのだろう。目に優しい青色の薄手の風通しの良さそうな生地で出来た、半袖のポロシャツがじんわりしているのがここから見ても感じられる。

赤いヘルメットの彼は、日よけシールドに守られて、清潔な汗を流しながら良く眠っていた。

小学2年の夏休みに、父親が漕ぐ自転車の後ろに乗って、学校のプール開放に向かった時、目をつぶっても、空を見上げても、首を右にかしげながらあくびをしても、彼の腰に手を回してさえいれば、どこまでも運んでくれるあの、無責任な状態にとても感動した事を、今日の天気と座骨に響く振動が手伝って鮮明に思い出させた。

関東バスの一番前の座席。前輪の上にある小高くなったこの席に座るのが、とても気分が良く、中野駅周辺は、ここを発着するバス停が広い面積に点在しているおかげで空が広く、春には桜が咲き並び、人工的ではあれど緑が生い茂り、どんな日に訪れても、自分が正しい人生を送っているかのような錯覚を覚える事が出来た。

小高い座席を、わりと身軽に滑り降り、バスから少し離れた縁石に飛び降りると、中野サンプラザの前を抜け、中野通りを渡り、迷わずにミスタードーナッツの脇を抜け、サンモールに出ると、いつものメガネ屋を目指した。 

メガネ店の外に置いてある、超音波クリーナーにメガネを浸したが、ここでメガネを購入したわけではないので、何度利用しても、少し後ろめたい立ち方で180秒を過ごすのだ。                     20代半ばで乱視が現れてからも、なんだかメガネをかけるのが恥ずかしく、コンタクトレンズをこのつぶらな瞳に入れる勇気も持てず、ぼやぼやした世界で数年を送っていた。

「はっきり見えないくらいの方が、幸せな事が沢山あるんだよ、この世の中には。」などという、今そんな若者に出会ったら、しっかり面倒に感じるタイプの26歳の自分は、その日もぼやぼやとした世界を歩き回り、目を細めながら携帯電話で、特に用もない相手にメールを送り、その中から返信をくれた数人と、意味もなくメールのやり取りをしながら西武新宿駅に着く。

夕暮れ時も過ぎ、薄暗くなった空にギンギンと立ち並ぶ歌舞伎町のネオンは、乱視男にはとても魅力的な万華鏡にでも見えていたのか、するするとその万華鏡の中に迷い混むのが日常であった。知り合いがに立つバーカウンターのある小さな店に入ろうとした時、「あっ!」という声が自分に向けて発せられた気がしたので、立ち止まってその声の方を見ると、クリーム色のミニスカートのスーツを着て、不思議そうにこちらを見る女の子が立っていた。

一口も酒を飲んでいないせいか、慎重にその女の子に近づくと、今度は小学生時代のあだ名で僕を呼ぶ。「あー…」と言いてみたが名前が出てこない。だいたいあれかあら14年経っているし、こんな茶髪で鋭利なショートボブの同級生はいなかったはずだ。一緒に寿司を食べたら、おそらく味が分からなくなるくらいの、甘い匂いをさせた女の子があの小学校にいただろうか。

その日は、知り合いが立つバーカウンターのある小さな店には入らずに、名前の思い出せない彼女と、なんとなく周りの目を気にしながら、彼女の仕事が始まる午後8時まで、かろうじて名前の憶えている先生の話や、同級生の話をしながら、チェーン店特有の安心の唐揚げと、生ビールで過ごした。 彼女はあまり酒が飲めないとかで、薄い色の温かいウーロン茶を少しずつ飲んで、懐かしい名前や、分からない名前を出しながら、いつ終わってもまったく支障のないような話を続けた。

もちろん午後8時からの彼女の職場に来るように誘われたが、すでに目だけではなく、聴覚もぼやぼやし始めていた僕は、彼女を見送ると、急いで西武新宿駅に戻った。

180秒だけ26歳に戻っていた40の男は、ピカピカになったメガネの水滴をせめて丁寧に拭きとって、顔に戻し、中野駅に歩き出す。ここに来た時よりさらに清い空が目に入る。

あの時このメガネをかけていたら、クリーム色のスーツを着た彼女の名前を思い出しただろうか。もっと上手な相槌が打てただろうか。ちゃんと心配そうな顔を作って、慰めてあげられただろうか。

「はっきり見えないくらいの方が、幸せな事が沢山あるんだよ、この世の中には。」

14年ぶりに声に出して言ってみた。

今日はスタバで大きなカフェラテを買って歩いて帰る。

おわり。

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最後までお付き合い頂きありがとうございます。
もし、この話がダンス劇になったら、どんな動きでどんな声なんだろう。。。
僕も今はわかりません、皆さまが選ぶダンス劇。
一緒にワクワクを感じて頂けたら幸いです。

期間中、サポートボックスよりサポート頂けたみなさまのお気持ちは、選ばれた作品をダンス劇として上演する準備資金として使わせて頂きます。

必ず劇場でお会いしましょう!

踊る「熊谷拓明」カンパニー
熊谷拓明

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新作ダンス劇
「舐める、床。」
2020年12月10日〜13日@あうるすぽっと
詳細後日発表

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