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【みんなで選ぶ一人小説ダンス劇】毎日連載「〇〇な男」第6話

ダンス劇作家「熊谷拓明」が、この度の緊急事態宣言が解除されるまで     ダンス劇小説を毎日連載!
もっともいいねを集めた作品を、収束後どこかの会場で、
熊谷が60分の1人小説ダンス劇として上演致します。

第6話「いせかいな男」作.熊谷拓明

「な、なに、なに?今何時?え、何時だと思ってんの?」
「…」
「え、ごめん。ちょっとわかんないな。なんで俺んとこくんの?」
「…」
「どした?なんかあったか?なんかした?おれ。」
「…」
「そんな顔して、なに?」
「…」
「その顔で何かを回避できた事あんのか?」
「…」
「おい!なんか言えって、そんな顔してないで。」
「…」
「だから、やめろって。回避どうこうの問題じゃないよその顔は。なぁ、頼むから!」

彼は僕が上唇と舌唇を左右にずらし、目の玉だけ右斜め上を見る顔を極端に嫌った。

彼の住む2階建てのアパートは、外壁が僕たちが通った小学校の体育帽のように黄色く。
1階に5つのドア、黄緑に塗られてたであろう、塗装が剥げてサビ初めている鉄の階段をゴンゴン音をならして2階に上がり、4つ目、隣の6階建てのマンションのクリーム色のモザイクタイルが簡単に触れる所にある、一番奥に彼のドアがある。

14段の外階段を右足からのせ、イチイチ左足も1同じ段に運んで、1番時間がかかるように登る。
左足が右足と同じ段に来る度に、彼の顔を想像するが、笑っている時もあれば、ひどく疲れている時もあり、きつく怒っている事もあれば、細い目をさらにくちゃくちゃに細めてよだれを垂らしながら泣いてる事もあった。

その都度僕は彼に話しかけた。
「なにがそんなにおかしい?」「なにがあった?」「なんでそんなに僕が怒られなきゃいけない?」「ひどい顔で泣くんじゃないよ」 

雨をしのぐ屋根のない階段からは、向かいに建つ2階建ての、大家の家との隙間から大きなオレンジ色をした月の、向って左下が少しだけこちらを見ている。
今日の月は、たったの左下だけでも充分な明るさで僕の一喜一憂を照らしてして来るので、まるで宝塚歌劇団のスターになった気分だ。
が、スターは階段を登らない、降りてくるだろ。とすぐ自分に突っ込む。

階段を登り切った僕の右足は、常に先頭を切って階段を登った疲労感を感じていたらしく、1つ目のドアに差し掛かった所でしばらく休むことにした、もう僕を照らす月はいない、
スターではない。そう思ったのもつかの間、1番目のドアの住人が、廊下に面した小さな窓の明かりを付けたので、また明かりに照らされ始めた僕の体は、そこにいるわけにはいかなくなった。

しかたなく右足がまた先頭をきる。

2つ目のドアが終わる頃、僕の中の彼の顔は、冷酷に僕の目の奥、後頭部の内側くらいをじっと見ていたので、少し怖くなり、左の背中がこのアパートから離れたがった。
しかし右胸や、右足や、右のほお骨は彼にとても会いたがるので、やはり右が先頭をきって彼のドアに向かうのだ。

3つ目のドアと、彼のドアとの間で今度は全ての体が、動かなくなった。

頭の中の彼が、ずっとずっと叫んでいるからだ。

全く声は聞こえないのに、首にはいくつもの血管が浮かびあがって、顔は赤黒く、富士額の際からは数滴汗が流れている。

これ以上彼のドアに近づくと、彼も僕も血を使い果たして倒れてしまいそうで、だから体が彼のドアに向かわない。
もはや、これ以上離れる事にも僕の体は反対のようだ、
また少し月が覗いたが、照らされた僕の唇は、震えながら上下が左右にずれていた、月を睨み返すにも首が動かなく、やっとの事で目の玉だけが右斜め上の月を捉えた。  

10月の終わりだというのに、Tシャツの上に紺色のトレーナーを被っただけの僕の背中には、どうしようもない緊張感で汗が流れ。ひとすじ、ふたすじとジーパンの中のブリーフに届いていく。

ななすじ目の汗がブリーフに差し掛かった時に、小さな窓から僕を照らした住人がドアを開けた。

ドアの風圧に押され、全ての体の意志とは無関係に彼のドアの前に押し出され、右手の人差し指が折れたまま、第2関節が彼のドアの横にある小さなチャイムに命中した。 

その右手がチャイムから、僕の右太ももに帰って来た頃、
彼のドアがゆっくり空き始める。

少しずつ、少しずつ隙間から現れる彼の顔は、僕の頭の中のどの表情でもなく、人類で初めてナマコをたべた人間を、隣で見守った人間がいたならば、おそらく今の彼の表情だったのではないか。

僕であることに、彼の頭の中が追いつくまでには、全く時間を要さなかったようで、月を睨み返してから、あの住人のドアの風圧に押されて彼の顔を見るまで、僕の顔面は僕に戻る時間など与えられなかった。

「な、なに、なに?今何時?え、何時だと思ってんの?」

彼には僕が見えている。

それだけが嬉しくて何も言葉が出ない。

おわり。

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最後までお付き合い頂きありがとうございます。
もし、この話がダンス劇になったら、どんな動きでどんな声なんだろう。。。
僕も今はわかりません、皆さまが選ぶダンス劇。
一緒にワクワクを感じて頂けたら幸いです。

期間中、サポートボックスよりサポート頂けたみなさまのお気持ちは、選ばれた作品をダンス劇として上演する準備資金として使わせて頂きます。

必ず劇場でお会いしましょう!

踊る「熊谷拓明」カンパニー
熊谷拓明

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