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【みんなで選ぶ一人小説ダンス劇】毎日連載「〇〇な男」第12話

ダンス劇作家「熊谷拓明」が、この度の緊急事態宣言が解除されるまで     ダンス劇小説を毎日連載!
もっともいいねを集めた作品を、収束後どこかの会場で
熊谷が60分の1人小説ダンス劇として上演致します。

第12話「ひそやかな男」作.熊谷拓明

右足の踵から地面に入り中指寄りのつま先から地面を出る、
左足の踵から地面に入り親指寄りのつま先から地面を出る。

今朝は左の膝が少し痛み、近所のドラックストアに向かう足取りもバランスが悪い。
住処の4階建てのマンションを出て、2分間の住宅地を抜けるとすぐに雑貨店、居酒屋、つけ麺専門店、カラオケスナック、ドラックストアが立ち並ぶ商店街になる。

1番近くのドラックストアには20人近い列が開店を待っている。

ここに並んだっていいけど、並ばなくていい。
そんな事を頭の中でぶつぶつ言っていると、急に視界にモンシロチョウが羽ばたいて、耳と目を繋ぐあたりが詰まったようにクンッと音をたて、気付くとかなり大袈裟に右フックをかわすような動きになってしまい、慌てて体勢を整えると、調子の悪い左の膝に力をこめる結果となった。

「いひっ!」
しゃがみこんで左膝を両手で包んみ、顔をしかめたり、平静を装ったりしてみたが、20人の列は突然現れたボクサーにも全く興味を示さず、それぞれの朝の中に沈んでいる。

誰にも気付かれていないうちに、ゆっくりと立ち上がって、左膝をゆるゆる曲げたり、伸ばしたりしながらご機嫌を伺うが、あまり良い返事がかえてって来ない。

そこまで悲惨な状況でもないので、膝を動かしながも辺りを見回すが、すでにモンシロチョウはパン屋と本屋の隙間を抜け、隣の筋の路地にでも出かけたのだろう。

20人の列に並ばずに、あと2分ほど歩いた小さなドラックストアに向かおうと、思った矢先のモンシロチョウだ。
このまま20人と一緒に並んでもいいのたまが、もし1人でも、たったさっきのいっけんを目撃していて、モンシロチョウを避けた男が膝を痛めてドラックストアに用事が出来たと勘違いする人間がいたら、ちょっとそれは心外である。

湿布や痛み止めは買うつもりはないし、左膝ひざだって、自分の体だ、ゆっくり話し合えば機嫌を治すはずだし、少し長引いたとのろで左膝ひざを責める気は全くない。
ましてや、湿布や痛み止めを与えて、「ほら、これで機嫌治せよ。」なんて、よけいに機嫌を損ねるだけだ。ということを知っている。

もう少し歩こう、ここで湿布を買うのが恥ずかしいから詰め替え用の柔軟剤だけを買って店を出たと思われたくない。
もともと、詰め替え用の柔軟剤を買うためだけに家をでたんだ。でもそいつにそんな事を左膝を擦りながら伝えた所で、強がりとしか思われないのが関の山だ。もう少し歩こう。

あそこのドラックストアは、商店街いち小さいが、柔軟剤の品揃えはピカ一なのだ。
あんなに種類豊富に壁一面に並べられても、選ぶ柔軟剤は決まっているの。だが多くの種類の中からあいつを選んだほうが、誇らしげに家で香ってくれるのを知っていたので、あそこで買える時は必ず行くようにしていた。
なのになぜか今朝は家から1番近い大きなドラックストアに、一瞬気が寄ったのだ。

モンシロチョウが突然右フックを打たなければ、このままここに並んだのだろうか…

何分ここに立ち尽くしているんだろう。
誰かは必ず目撃しているはずだ。

このままでは、道端で左膝を痛めて動けなくなった男だ。

そうではない。ゆるゆる曲げたり伸ばしたりは出来るし、「歩くよ」と伝えたら、あのドラックストアに行って、家に戻るくらいは付き合ってくれる。

しかし、今は斜向かいからやってくるパンの匂いが気になって、腹が音をたてて、パン屋に向かいたがっている。自分が使っている柔軟剤の匂いを忘れてしまいそうな、クリームパンの匂いに、素直に誘われて1つ購入しようか、左膝も許してくれるはずだし、右膝だっていつも以上に強力してくれるはずだ。

いつも見かける初めてのパン屋の袋に、クリームパンを連れて、柔軟剤専門店のようなドラックストアにたどり着く。
看板には1ヶ月前から一度も剥していない張り紙が風にそよめき、自信満々の文字で「各種マスク完売」と書かれ、御札のような効力をもつこの張り紙のおかげで、店内は穏やかであった。

手を出す気のない、他の柔軟剤をゆっくりと眺めながら、いつもの物を手に取ると、染色剤達の横をすり抜けレジに向かい、御札のような張り紙に見送られ、左膝ひざにクリームパンと柔軟剤の匂いを添わせながら家に向かう。

右足の踵から地面に入り中指寄りのつま先から地面を出る、
左足の踵から地面に入り親指寄りのつま先から地面を出る。

住処へ戻る階段では、左膝ひざがこれ以上機嫌を損ねないように仙骨に沢山働いてもらう。
3階の玄関にたどり着くと、さっきのモンシロチョウがもう待っていた。

1つのクリームパンを分け合うのは得意ではないが、
仕方がない。

おわり。

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最後までお付き合い頂きありがとうございます。
もし、この話がダンス劇になったら、どんな動きでどんな声なんだろう。。。
僕も今はわかりません、皆さまが選ぶダンス劇。
一緒にワクワクを感じて頂けたら幸いです。

期間中、サポートボックスよりサポート頂けたみなさまのお気持ちは、選ばれた作品をダンス劇として上演する準備資金として使わせて頂きます。

必ず劇場でお会いしましょう!

踊る「熊谷拓明」カンパニー
熊谷拓明

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