夢は、僕の生活には必要ない。

もう10年も前の、つまらない思い出。

あるアーティストのライブに行った。当時は長男が1歳になったばかりで、妻に「悪いけどちょっと行ってくる」と言って暇をもらったのだった。

開始前に物販を眺めて、ドリンクを買ったことは憶えている。しかし、肝心のライブの内容はまったく憶えていない。

それなりに良かったとは思う。思う、というのは、記憶が飛んでしまったからである。

そつなく本編が終わり、立て板に水の拍手が起こり、そつなくアンコールが終わった。

客電が入る。となれば、これ以上の演奏はあり得ない。

うん、こんなもんだろう。腹八分目というか、余韻を楽しもうというか、家に帰るまでがライブだよねということで。

周りの観客も「ああ、終わっちゃったか。まあ客電もついたから仕方ないな」という雰囲気だった。いや、わからない。それは僕の気持ちを投影しただけだったかもしれない。

ぎゅうぎゅうの人混みの中を退場していると、受付の辺りでスタッフが何かの注意事項を連呼しながら誘導を行っていた。

「ゲストの方で残られる方はこちらにお願いしまーす」

「ゲストの方で残られる方はこちらにお願いしまーす」

「ゲストの方で残られる方はこちらにお願いしまーす」

ゲスト…?

その方向に目をやると、何て言うんだろう、あのロープが張られたポールみたいなやつで道が隔てられており、退場する客とは違う行き先が作られていた。

何すか。その「ゲスト」なる方々には、まだお楽しみがあるんすか。

試合の途中で放送を打ち切られた一部地域のような気持ちになる。僕らだってもう少し見たかったんだけどな。

わかるよ。音楽の仕事というのは大変なものだろう。大事にしなければならない関係者も多いと思う。でもね、そういう大人の事情はもう少しこっそりやってほしかったな。

何となくくすぶりながらゲストではない道を退場していると、お母さんらしき人に手を引かれた目の不自由な感じの女の子がいた。ぎゅうぎゅうの人混みの中で。

その夜、僕は公式ホームページから「ああいう誘導はわからないようにやってほしかったです」という旨のメッセージを、努めて丁寧な言葉で送った。

何ら返答はなかった。

そうさ。僕はただ勝手に楽しませてもらっているだけじゃないか。素敵な音楽で、夢を見させてもらっているだけじゃないか。

全部を持っていたCDを捨てた。すべてのライブの記憶は消えた。別にそのアーティストが悪いとは思わない。ただただ自分が間抜けだった。

夢は、僕の生活には必要ない。僕は現実に流れる音楽を聴くのだ。

あなたの御寄附は直接的に生活の足しになります。