槇原敬之

1999年、僕は金沢・武蔵ヶ辻辺りの信号待ちで、カーラジオから槇原敬之逮捕のニュースを聞いた。

特に不思議には思わなかった。

今回、前回よりも残念ではあるが、やはり驚きはしない。

槇原の歌は、弱くて卑怯で小さな最低の人間が、後悔し、反省し、もがきながら、それでも何とか真っ当でありたいと願う人の歌だから。

僕ら古参のファン、いや少なくとも僕は、「好きなものは好き!」とか「僕が一番欲しかったもの」とかの歌詞をパロディにして今回の事件や槇原敬之をネタとして消費する方々とは違う、愚かで情けない人間である。

ゴシップ記事には、気分の悪くなるような言葉と思惑が踊っている。

そうとも。これが僕らの生きる世界だ。

負けない立派な人たちよ、あなたたちはすごいよ。

槇原は、これまで支えてくれた信頼できる多くの人を、ファンを裏切ったのだろうか。

大丈夫。今とりあえずここに一人、僕はあなたに期待していないよ。

僕はこれからも相変わらず槇原の歌を聴き続けるだろう。それは僕の音楽だから。

そして、きっと歌うことしかできない槇原が、また歌える日が来ることを、時には忘れて、気を長くして待っていよう。

あなたの御寄附は直接的に生活の足しになります。