ラーメン定食
かつて「びっくりラーメン」というチェーン店があった。
確か関西が本拠地の「ラーメン一番」という会社のチェーン店で、「ラーメン一杯180円」が売りであった。 既に倒産した。
上京して最初に住んでいた三鷹の寮から引っ越した先、江東区木場のマンションの近所にお店があった。
それほどおいしいとは言えない。
何せ180円である。
第一愛が感じられない。
だが、それがいい。
愛は受け取ると返さなくてはならない。 無法者の食卓には愛など煩わしいのである。
ラーメンに餃子にライス、これに玉子だ。FCバルセロナ並の陣容である。
ただ、このお店の料金体系は、例えばラーメンが180円、餃子が150円、ライスが50円ならラーメン定食は380円と、完全な1+1=2方式で、創造性の欠片もなかった。 そこはバルセロナとは異なる点である。
従業員は、店長らしき日本人男性をたまに見かける以外は基本的にバイト。
よく覚えているのはやたら寡黙な中国人の姉ちゃんと、タイなのかどこなのか、東南アジアっぽい兄ちゃん。名札には「ギャン」とある。
ある日、ジャージに破れまくったジーンズという職質寸前の身なりで、いつものように席に着いた私は、いつものようにラーメン定食を注文した。
煮玉子は頼まなかった。メッシ抜きでも勝てる気分だったのだ。
一瞬の間がある。
「タマゴ…?」
ギャンが問いかけてくる。
え?何?やばい、俺顔覚えられてるじゃん。
そんなに頻繁に来てるかな…。
「あ、いいんです、今日はね、いいんです」
やたらと丁寧に答えてしまう私。
はにかんで帰っていったギャン。
いい奴なのだ。こいつは。
常連の酔っ払いのおばさんが「がんばってよー。あんたがんばってよー」と壊れたレコードプレーヤーのようにわけもわからず繰り返し応援してくるのをいつも笑顔で聞いていた。
動揺を禁じ得なかった私はしばらくこの店に行くのを控えた。
またすぐ行くようになったが。
今何やってんのかな、ギャン。
あなたの御寄附は直接的に生活の足しになります。