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神戸

待ち合わせは19時、JR三ノ宮駅。

2003年の夏、大学時代の友人に会いに行った。

お昼頃に大阪に入り、何となくレコードを見たり三角公園でたこ焼きを食べたりしてから、夕方に神戸に向かった。

珍しく時間通りに現れた彼女の言うがままに連れられて、起伏のある道を少し歩く。

夜の街の喧騒。

春に交通事故で骨折した脚が痛み、時々しんどかった僕は「痛え、痛え」と言いながら歩き、友人はからからと笑った。

小洒落た焼き鳥屋さんのカウンターに座り、昔のように他愛のない話をする。

彼女の神戸の暮らし、修士論文、就職活動、僕の仕事の話、だいたいそんな話題だった。

その後は、カフェでお茶をすることにした。

森を案内する妖精のように、歩道橋や大きなビルの中を次から次へとすり抜けていく友人は、僕の知らない、素敵な街の人だった。

ケーキとコーヒーを頼んだ。

カフェはたぶんそごうの中で、ありきたりなお店だったのだろうが、僕は自分がひどく場違いに思えた。

「じゃあ、そろそろ」

僕にはまた別の友人を訪ねる日程が入っていた。三ノ宮から阪急だか阪神だかよくわからない電車に乗って。

「元気でな」

別れ際、改札口で僕は咄嗟に彼女の頭をポンポンと叩いた。

それ以上、言葉が出てこなかったからだ。

既に違う街の人になった友人。対して、生まれた町で就職し、あまつさえ交通事故で骨折などしている僕。

お釈迦様の掌の上で粋がっている孫悟空。神戸という街に、彼女に気圧されて、僕は強がることしかできなかった。

電車のシートに浅く座り、流れる暗い景色を見ていた。それが夜景だったのか、地下鉄だったからなのか、よく憶えていない。

それからも仕事の出張などで神戸を訪れる機会は何度もある。

もう友人はそこにはいない。

須磨海岸のきらめき。中華街の賑わい。記憶は更新され、上書きされていく。

それでも、いつまで経っても神戸は僕を飲み込む街だ。

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