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Pastel / 坂口恭平

夕焼けの美しさに、ふと足を止めることがある。

ポケットからスマートフォンを取り出して撮影してみる。しかし撮れた写真は今一つだ。

もちろんカメラの性能の問題もあるし、撮影技術やセンスの問題もあるだろう。

だが、やはりカメラで撮影した風景は、肉眼で見るそれとは違う。時に高精細に過ぎ、時に効果が過ぎる。

坂口さんのパステル画はそうではなく、まさに人の眼の解像度で見た景色だ。

疲れてかすれていたり、まぶしかったり、そもそも視力が悪かったりする。そんな私たちの肉眼でふっと見上げた時の、あるいはぼうっと眺める時の、何かに焦点を合わせない世界。

絵の題材になっているのはほとんどが坂口さんが住む熊本のものだが、「奇跡の一枚」のような特別な風景ではなく、ありふれた日本の田舎。

だから、絵を見ていると、いつか見た景色のような映画のワンシーンのような、記憶のような、願望のような、曖昧な世界に取り込まれる。

しかし、それは決して自閉的ではなく、自分が拡がっていくような胸がすっとする感覚である。

顔を近づけて見てみると、タッチは意外に粗い。

そう、たとえるなら月は太陽に照らされて光っているが、本当は表面がデコボコな土色の星。それに私たちは兎を見たり、影がかかるのを三日月だと言ったりする。風景を見る時、私たちは自分でもわからないくらいに、ほんの少しだけ空想しているのだ。

散歩をしていると、ふっと(坂口恭平さんのパステル画みたいだな)と思う風景に出会うことがある。

その時私は、現実にいながらにして坂口恭平的世界にいる。それが坂口さんが言うところの「現実脱出」なのかもしれない。それは「現実逃避」ではなく、目に見えているものから違う別の空間を見出だすこと。空想ではなく、これが私の現実だ。

春から夏の場面が多い。季節がなかった2020年の追体験に。



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