サンタウン汗だく事件
母が、「あなたに関して一番感動したエピソード」として、壊れたレコードのように何度も何度も持ち出す話がある。
一言で言えば、子供の頃、友達の家に遊びに行って帰りが遅くなった僕が、汗だくになって走って帰ってきたという、それだけの話だ。
終わってしまった。
中身がない話だが、それでも母が一番感動したエピソードだそうなので、ここに記録しておきたい。
それは確か小学校1、2年生の時のことで、と思うのは僕は小3まで自転車に乗れなかったからだが、町内でも外れの「サンタウン」というエリアにある友達の家に遊びに行った。歩いて行くにはかなり遠い。その先は大気圏外になるくらいの感覚だ。
家人には「フッ、まあ6時までにはけえるぜ」的なことを吐き捨てておいた。
この友達の家に行くのは初めてで、確か彼が新しいファミコンのソフトを買ったからではなかっただろうか。まさに「行きはよいよい」だった。
ファミコンをひとしきり楽しみ、優しいお母さんにケーキか何かをご馳走になった僕は、つい油断して5時から始まったアニメまで見てしまった。
5時半。これは明らかにまずい。
焦って友達の家を出た僕だったが、残暑か、もう秋だったのか、日はかなり暮れていた。
歩けども、歩けども、道のりが遠い。坂道が辛い。
このままでは絶対に間に合わない。
僕は真っ暗になった家路を走った。
怒られると思ったのか、心配をかけたくないと思ったのか。それとも「6時までに帰る」と言ったことへの子どもなりのプライドだったのか。正確には、それらがない混ぜになった感情だった。
もう7時近かったと思うが、僕は全身汗だくになり、半ベソをかいて玄関のドアを開けた。「ごめんなさい、ごめんなさい」と言った自分の声を憶えている。
出迎えた母がどういうリアクションだったのかはまったく憶えていないのだが、「この子はなんていい子なんだろう」と母は思ったらしい。
いつか、アカチャンホンポの広報誌みたいなのに「子どもは3歳までに一生分の親孝行をする」という言葉が紹介されていた。
偉そうに言える話ではないが、僕は親孝行をしたことがほとんどない。もうこの頃のような素直な気持ちも残っていない。
しかし、母にとっては、もうそこで十分だったのかもしれない。
あなたの御寄附は直接的に生活の足しになります。