老先生のこと

結婚する少し前の頃、妻と二人して弁護士の先生にお世話になっていた時期がある。

僕は基本的に呑気に生きている方だけど、長い人生、専門職の方の力を借りることもある。

共産党から地方選挙に出馬したこともあるらしい、根っから弱者に優しい老先生で、随分と費用もまけてもらった。

僕らの結婚式には冗談で「顧問弁護士」という肩書で出席していただいたが、結婚してからは、幸いにして年賀状以外はお付き合いはなくなった。

それは2012年のこと。先生の奥様から、実は先生が亡くなっていたことを教えられた。

ちょうど息子が生まれた頃に入院され、程なくして亡くなったそうで、慶事のある我が家には伝えなかったそうだ。

もともと高齢ではあったが、2011年の3月11日、東日本大震災の日に電車が止まって自宅に帰れず、事務所で夜を明かしたことで身体を壊してしまったのだという。

あの日、東京に住んでいた僕と妻は、落ち合って職場から家まで歩いて帰り、テレビを見つめながら夜を明かした。

自分達のことで精一杯で、先生に気づいてあげられなかった。「我が家にどうぞ」と言えていたら。

妻はそう言って悲しんでいた。

そんな妻の優しい気持ちは、先生の弁護士人生が産み落としたものの一つだろう。

老先生のこと。それが、僕が毎年この時期に思い起こすことだ。

あなたの御寄附は直接的に生活の足しになります。