亀、モジャ、般若、ガイジン

どしゃ降りの雨の夜、あなたが思うことは何だろうか。

取り込み忘れた家の洗濯物のことだろうか。

それならまた晴れるまで放っておいて乾かせばいい。

明日の出勤までにはやんでくれるか、ということだろうか。

それならやまない。中途半端に残って、これは傘は要らないかな、いや仕方ないから差していくか、と思ったら駅に着くまでに晴れる。

僕がどしゃ降りの夜に考えるのは、「すべての猫が寝床にありつけただろうか」ということである。

僕は猫好きである。人並みの。

あなたは犬好きだろうか。おかしい。この国から犬好きは一掃したはず。

今凄腕のヒットマンを手配した。お前は余命いくばくもない。「一日一生」と筆で書いて、余生を精一杯生きるがいい。

僕の家に初めて猫が来たのは、小学校三年生の時。二つ上の兄が校庭で拾ってきた。

その猫は何日か前から校庭をさまよっていたらしく、兄は「猫を探しています」という、似顔絵を描いた紙を持ってうろうろして学校中の笑い者になっていた。バカな奴よ。

ほどなくして無事兄に捕獲されたそいつが我が家にやってきた。

白黒猫で、背中が甲羅のように大きく黒かったので、祖母に「亀」と名付けられた。安易だ。

亀はトロい猫だった。のっそりしていて、穏やかだった。僕の膝の上に乗るのが好きな猫だった。喉を撫でるとゴロゴロ言った。好きな時に家に入れてやり、好きな時に外に出してやった。

いつしか連れ合いができた。モジャモジャの柄の三毛猫だった。祖母に「モジャ」と名付けられた。安易だ。モジャは利発だった。たいていの三毛猫は頭がいい。亀は分が悪そうだった。

実家では僕の生まれる前にも「ミケ」という三毛猫を飼っていたらしい。安易だ。どえらく頭のよい猫だったらしく、たまに祖父母が、
「ミケは賢かったね」
「ああ、本当にミケは賢い猫やった」
と語る、伝説の猫だった。

亀とモジャには仔猫が生まれたが、みんな死ぬか、いなくなった。亀も長生きした。モジャも長生きした。モジャはある日いなくなった。亀もそのうちいなくなった。猫はほとんど死に際に姿を消す。

月日が経ち、僕が中学生の頃、また白黒猫が家に迷い込んできた。顔面の柄がそれっぽいので、祖母に「般若」と名付けられた。安易だ。般若もどんくさい奴だったが、亀よりは機敏だった。田舎のヤンキーのような猫だった。猫を見た目で判断していたかもしれない。

可愛い奴だったが、彼がいた頃、「ノミ事件」が起きた。我が家にノミが大量発生したのだ。経験のある方ならわかると思うが、ノミに刺された時の痒さは尋常ではない。しかも、膿んだようになって肌に汚く痕が残る。

トラジェディ。

多感な時期だった僕ら兄弟は般若に対してたまに「ワレぶち殺すぞ」と思わないではなかったが、般若は悪くない。僕らは堪え難きを堪えた。般若もそのうちいなくなった。

高校生の頃、最後に我が家にやってきたのが、全身シルバーグレーで、毛がシャギーになっているという、明らかにこれまでの雑種とは違うハイカラな野良猫だった。祖母に「ガイジン」と名付けられた。安易だ。

僕はそのまま大学に入って一人暮らしを始めたので、いつガイジンが家からいなくなったのか知らない。

猫が好きだ。忠誠心がなく、犬のように家族をランク付けなどしない。ただ餌をくれる者だけに懐く。散歩してやらなくてもいい。窓を開けてやれば勝手にどこかに遊びに行く。黙っていなくなる。

猫は友達ではない。猫は生命の最上位にいる。

いつだったか、「霊が見える」とうそぶく同級生に見てもらったことがある。僕には猫の守護霊が見えたそうだ。

昔、車にはねられて死んでいる猫を見つけて祖母に教えると、祖母は泣きながら穴を掘って埋め、手を合わせていた。あの時の猫かもしれない。

猫好きは異性にモテないらしい。守護霊、やめてくれるか。

とりとめもない話?

愚か者め。時間稼ぎだ。窓の外を見てみろ。

ヒットマンがお前を狙っている。

あなたの御寄附は直接的に生活の足しになります。