晴れやかな無職
「感情は、大事だよ」
大学4年、卒業を控えた年明けに、ゼミの担当教官から言われた、今でも胸に刻まれている言葉である。
在学中に受けた公務員試験は全て落ちた。民間企業は一社も受けていない。
このまま卒業すれば既卒扱いとなり、民間企業への就職は途端に厳しくなる。
それならば、何だかんだと理屈をつけて留年し、新卒の身分を維持することが、将来の可能性を広げるという意味では合理的な判断である。
しかしながら、情けないことに、自分には同級生達と一緒に卒業したい、という気持ちがあった。
「…感情の問題なんです」
たぶん、虚勢を張って笑みを浮かべ、そう言った私に、先生がかけてくれたのが冒頭の一言である。
一般的に、感情的になることは大人としては恥ずべきことである、と理解されているように思う。
しかし、感情を抑えて屈折してしまうとしたら、それがその後の長い人生に及ぼす悪影響は計り知れない。
根が腐った木はいずれ朽ちる。逆に言えば、根さえ生きていれば、必ず再生できる。
法律は道徳に基づいている。 法律でこうなっているから罪なんです、ではなく、もともとが罰せられるべき行いだから法律になっているのです、というのが正しい順序だ。
同じように、生き方も素直な感情に基づいている方が自然なのである。
そして自分は晴れて無職となった。
しかし、こんな小さな私的な悩み相談に付き合わされる、先生というのも大変な稼業だ。
私が2年目も公務員試験に全て落ちていたら、どうだったのだろう。
先生は、どこまで考えてこうおっしゃってくれたのだろう。
いずれにしても、私は悔やむことはなかったと思うけれど。
あなたの御寄附は直接的に生活の足しになります。