北の高窓

家の窓や木々が風で揺れる音が、秋には秋のものになる。いわゆる木枯らしか。

僕はこの音を聞くと祖母を思い出す。

実家の2階の一室には「北の高窓」と呼ばれる窓がある。これは趣味で短歌をやっていた祖母が一冊だけ自費出版した歌集のタイトルでもある。

その窓は部屋の北西側、名前通りやたらと高い位置に作られている。これは採光のためで、景色を見るための窓ではない。海に向いているから、秋から冬にかけては台風やら吹雪やらが吹き付けてきて大変うるさい。

この部屋はむかし両親と兄と僕の4人で使っていたのだが、僕ら兄弟が遊んでいると祖母がよくやってきて、椅子の上に立ち、この窓から見える海を眺めていた。海と言っても、晴れた日こそ何となく青くは見えるが大抵は灰色の日本海、基本的には退屈な風景である。

祖母は師範学校を出ているので当時としては高学歴の部類に入るのだろう。花鳥風月や小さな生き物を愛し、学歴やステータスが大好きで、浮世離れして我儘な、女の子のような人だった。

僕は祖母の短歌の作風はあまり好みではない。言葉遣い正しく、毒気がない、優等生の芸術という感じである。

しかし、世間知らずで天真爛漫なこの人の我儘な力がなければ、甲斐性のない我が家の男たちにはとても実家を建てることなどできなかっただろう、とよく母が話していた。

思えばここは敗戦で満州から金沢に引き揚げてきた祖父母が、自分たちの故郷として買い求めた場所。辛いこともあった。悲しいこともあった。嬉しいことはあまりなかった。

いつか祖父母が話していたが、今は工場が立ち並ぶ実家の裏手は昔は丘になっていて、そこで子供(つまり僕の父たち)と一緒に動物を捕まえたり、海まで歩いて魚を釣ってきて食べたりしたらしい。

丘、丘から海へつながる道、またその先の青い海。そこで遊ぶ子供たち。祖母は北の高窓からそういう景色を見ていたのかもしれない。

悪いけど、歌集はまだ読み終えていない。

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