射撃場

とある射撃場の受け付けに薄汚く痩せぽちな男が一人訪れた。男はこの頃もう、死にたくなって、たまらなく、首に縄をかけ吊ってみたり、家中の錠剤をかき集め手当たり次第に飲んでみたりしたのだが、死の淵をなぞるばかりで未だ、彼自身望まないままに生きてしまっていた。
しかしそれも今日までだろうと思う。人を殺めるためだけに作られた兵器を己に向ければ、それはもう確実だろうと、考えついたからである。
受付に立つ見事に鍛えられた、頑強そうな体の係員は、入ってきた猫背の男に手を上げ挨拶を投げた。
男はカウンターに向かい、係員の挨拶に答えながらもカウンターの向こうにかけられたライフル銃やショーケースに入った拳銃に目をやった。どれもこれもひどく魅力的だと、男は新婦がウェディングドレスを選ぶようにそれらを眺めた。
男は係員の差し出した何枚かの書類を流し見ては投げやりなサインを入れ、案内の係員について射撃場へ向かった。
並んだ三席のボックスのうち、手前、真ん中は埋まっており、衝立を挟んで男女が睦まじく話すのを見るに、この二人は連れ合いらしかった。
男は一番奥のボックスへと通され、係員から注意事項と銃の説明を受け、ようやく銃を使う権利を得た。男の前には、拳銃と弾丸の入ったプラケース。拳銃は手に取ったそばから鉛の重みや黒色の艶に兵器然とした重厚さが感じられ、男はグリップを握り、手首を返しながら銃を眺めた。これが今より自分の命を奪ってくれるものだと思うと花が開くような、仄温かいものが男にも認知でき、それが男の頬をわずかに持ち上げさせた。
マガジンに弾を込め、装填する。ヒヤリと冷たいスライドを引き切ると想像よりいくらか軽い音でそれは兵器へと変わった。
本当は今すぐにでも銃口を自分に向け引き金を引いてしまいたかったが、男の後ろにはこれまた屈強な係員が腕を組みこちらを監視している。男は的に狙いを定める振りをして隙を窺う。係員を欺くためには一発撃つのがよいのだろうか。しかし男は一発でも弾いてしまえば、また弾丸が人型の的をたやすく貫通してしまう様を目の前にすれば、その威力を前にした自分が怖気付いてしまうであろうことが嫌だった。どうにか初めの一発で、と望んでいた。
一向に撃とうとしない男を怪しんでか、係員がにじり寄っていく。男の耳に係員の息が触れ、二人が防音のイヤーマフを外したと同時に、二つの銃撃音。源は男の隣のボックスだった。男女が折り重なって倒れている。流れ出た二人の血液は混じり合い、大きな血溜まりになっており、それを女のブロンド髪が吸い上げ、毛先は惨たらしい朱殷色に染まっていた。
男は男女を尻目に自分のボックスへ立ち、拳銃を構え、引き金を引いた。弾丸は的の肩部を易々と撃ち抜き、孔となった。未だ男の耳を痛める残響がより鋭いものとなった。
男は静かに拳銃を置き、射撃場を後にした。
男はどことなく、清々しい心地であった。

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