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金曜日の海ゼリー

学校も終わって、夕飯のおつかいも終えた。
で、いつもの帰り路なんだけど、脚がなんだか萎えちゃって、それきり道路端にしゃがんでる。白線をなんとか越えて。

夕日なんて雲に隠れてみえない。ここらへんは街灯ないから、海岸沿いの国道はあっというまにうす暗くなって、僕の手のひらはゾンビみたいな色をしている。スーパーの惣菜が入ったビニール袋を道に投げ出して。
なんで急に疲れちゃったかわからない。ずっと疲れてただけかも。
海はシケていて、ときおり強まる潮風にビニール袋があおられ、アスファルトをかさかさこすり、中身の重さで穴があく。
ビニールから寒天粉の袋がひとつ、こぼれた。 いつもの、あざやかなみずいろのパッケージ。
かあさんは土曜の昼にきまって牛乳寒天を作る。ねえさんが好きだった、みかんいりの寒天。
たぶんおいしいと思うのだけど、いつもずっとおんなじ味だから、だいぶ前から食べたくないと思いつつ、でもいやだと言うとかあさんがかわいそうな気がして、ずっと食べてる。
道路にはみ出たみずいろはいかにもゴミって感じで、ぼんやり眺めていた。
暗くなると、彩度も落ちていく。 みずいろと、アスファルトの黒の境目が、すこしずつ混ざっていく。 輪郭があいまいになる手前で、立ち上がって寒天粉を拾った。ビニール袋はそのままほっといて、寒天粉だけ持って、道路から砂浜におりる。
理由なんてない。砂浜なんて、海なんてとっくに見飽きてる。
いつもおんなじ通学路、漂流ゴミがたまに入れ替わってるくらいで、なんつーのかな、いらいらすんだよな、"地元"って感じで。
バイパス沿いのユニクロで買ったずっとおんなじよれよれパーカーを着ている僕も、いかにもって感じで。

砂浜をおおげさに蹴る。砂が靴に入ってくる。靴下がじゃりじゃりいってる。 寒天粉の封を切る。つまんだ切れ端が風にもってかれた。死にかけの空の色を海面が吸ってぼんやりと鈍いネイビー、ほぼ黒。波を蹴飛ばしながら、膝くらいまで海に浸かる。波がふとももを撫でたり撫でなかったりする。寒天粉のチャックを開ける。ゆっくり傾けて、海にさらさらこぼす。

ねえさん。
海底のどこかのねえさん。
ぐっと逆さにすると寒天粉なんてすぐに尽きて、パッケージはぱたぱた空騒ぎして、手放すほどには自分に酔えなくて、白い粉は波に消えていく。
右手でぶんぶん袋を振って、粉がすこし舞ってるはずで、でも暗くてみえない。
海はぜんぜん固まりゃしない。こんなちっぽけな一袋じゃ。

目を閉じる。
バカでかい寒天袋をたくさん宙に浮かべて、ずたずたに破いて、ドロドロに透明な島ができて、粉はゆっくり沈んでいく。ぼた雪みたいに融けながらぬるい氷山の根が伸びる。樹状に分岐していく海のゼリーの根はいろんな生き物を取り込みながら、水底のねえさんを包んで、ねえさんの寝顔はむかしのままで。

もうすこし暗くなったら帰ろう。スーパーのビニールをどうせ拾って、寒天の袋をリュックの奥に押し込んで、家に着いたらつまらない嘘のおくれた言い訳をかあさんに言う。それで惣菜のコロッケをあたためて、ふたりでつっついて、線香をあげて、風呂に入って、おやすみを言って、東京のことを調べて、寝る。だって明日も学校だから。





(阿佐ヶ谷の二階『海』 ランダム付録)

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