ゆるやかになぞられていく周縁:『グレーな十人の娘』観劇録
劇団競泳水着『グレーな十人の娘』を観てきました。
素敵な劇でした!
ついつい笑いが漏れてしまう場面も多く、90分の公演の間ひとときも目を離せぬままドキドキしたりしんみりしたりして、とてもたのしかったです。
演者さんがみなそれぞれの配役にハマっていて、すんなりお話に入り込んで観ることができました。
いくつかの謎を中心に、コメディタッチでゆるやかに周縁がなぞられていく本作。
まったく気負わずにたのしめる作品でしたので、ちょっとでも気になる方はぜひ4/29(金)までの公演にネタバレ無しで見に行ってみてください。
以下に感想を書きますが、どうしてもネタバレを含んでしまうので、読む場合はぜひ観劇後に!
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※まだ公演中の作品のため、詳細はなるべく伏せつつ書きます。
黒とグレー、女と娘
今作のタイトルを聞いてまず思い浮かぶのは市川崑監督『黒い十人の女』でしょう。脚本家であり妻でもある和田夏十とともに、ふたりとも大のミステリファンで、特にアガサ・クリスティを愛好していたといいます。
今作についても、なるほど、たしかに筋立てには近い要素が多くあります。
1961年版『黒い十人の女』の予告編はこの白抜き文字からはじまります。
そして『グレーな十人の娘』もいくつかの嘘についてのお話です。
しかし、両者はあくまで要素が近いというだけで、お話は全然異なります。
それはタイトルの「グレー」と「娘」からも読み取れましょう。
あくまでも、黒ではなく、グレー。
「黒い女」が激烈な愛憎劇であるなら、「グレーな娘」はつかずはなれずの家族劇のように思いました。
涙はどこからやって来る ~嘘とまなざし
今作では、もっとも大きな"嘘"についてのタネ明かしがされた後、とある場面が繰り返されます。
ミステリ物だと、タネ明かし後に同一の場面を繰り返すのはよくある展開なのだけど、この作品の場合、似ているようでその機能は異なります。
一般的に、場面を繰り返す目的はタネがわかったことによる見え方の差異によるヨミの裏切りだとかの快楽を高めることです。
しかし、この作品での繰り返しに快楽はありません。
というのも、この作品終盤で明かされるタネはミステリのトリックではないからです。
明かされるのは「このお話の中心に位置していたのが誰なのか」ということ。
だからこそ、繰り返される場面には新鮮さはむしろ不要です。
変化があるのは観者の目線、その注視する先。
演劇は映画ではありません。映画であれば、カメラが重要なシーンを切り取ってくれるから注目すべき箇所がだいたいわかるようになっているし、なにより平面に投影されているから視野のブレが少ない。
他方、演劇は立体です。だからこそキャラクターは見逃されやすく、繰り返しによる注視が映画よりも強い意味を持ちます。
仕草を注視することで見えてくるのは、彼女の抱えている困難さです。その困難さは他人からは配慮されないものです。しかし、家族は、その困難さに気づき、やさしく距離を取っています。
女ではなく、娘であること。
それはすなわち家族の、それぞれなりの、それぞれの距離での、互いへのまなざし、思いやりを本作が核に置いているということを示します。
嘘の覆いの下にある、ぬくもり。
彼女たちは潔白ではありません。嘘もつきます。
しかしそのグレーにはぬくもりがある。
涙の話
観者の涙を誘う物語には、大きく分けて2つの種類があるように思います。
ひとつは観者の経験に強く訴えかけるもの、
ひとつは劇中のタメが強い落差を生むもの。
ままごと柴幸男『あゆみ』を観たときにぐちゃぐちゃに泣いたのですが、その涙は間違いなく前者によるものでした。
この作品もつーんと涙が来るお話だったのですが、こちらは後者によるものです。
後者の技法で組まれた演劇を観るときには、その脚本のお話に没頭できるか否かがとても大事になるかと思いますが、
本公演では、演者のみなさんがとても自然に役をまっとうされていて、つい熱中して見入ってしまい、お話に没頭できました。
ベントリーという人が某著でバタイユに倣い演劇的なるものの要素を露出と窃視に分けて提示していた気がしますが、
本公演は演者の努力と脚本によって、"窃視としての演劇"として上手に組まれていたように思います。
(フィクションはすべて窃視として受容されざるをえない、ということは置いておくとしても)
その他
『黒い十人の女』で特徴的だったのは幽霊による狂言回しです。
幽霊と狂言回しのどちらについても、今作では差異として組み込まれています。
幽霊における差異はとてもよかった。(幽霊ではない、という点が。)
狂言回しについては、進行のリズムを担保するものとしてよかった。
娘たちがひとまとまりのぼやけたグレーにならないようにするための、各人の演技もとてもよかった。
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