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噛ませではない、無名タイ人ボクサーの挑戦~野口海音対チャイヤプック・2023年4月16日

ネットでチェックした一時帰国時のボクシング試合予定に、「チャイヤプック・チャイニコム」の名前があり、驚いた。(在住先のタイからの一時帰国)

チャイヤプックは、タイのローカルファイトで数戦して、今はトレーナーとして充実した生活をおくっている、友人の通称ボス君のことだとすぐに分かった。

1年ほど前にバンコクのアンバサダーホテルにて行われたThe Box Thailand Boxing Academy & Training Camp Bangkok 主催のイベントに出場するというので応援に行ったことがあった。彼がトレーナーを努めるボクシング専門ジム、The BoxはTwinsなどをスポンサーに、3回戦、4回戦を中心のプロファイトイベントを企画した。そこに選手として駆り出されたボス君はインド人選手と戦うはずだった。しかし、前日計量でインド人選手は大幅なウェイトオーバーをやらかし、試合は中止となった。

幻のチャイヤプック対カーンヤン戦

そのイベントでも、自身の教え子のセコンドについて指示を送っていた彼とは、プライベートの場で何度か一緒になったが、彼の試合は応援に行く機会がないままだった。彼もトレーナーに専念しているようだったので、無敗レコード・5勝3KOは傷つかないまま、ひっそりと現役生活を終えたものと思っていた。しかし、ボス君は、はるばる大阪に遠征して、西日本新人王の野口海音選手と対戦するという。

タイでは、ムエタイベースではなく、本格的にボクシングを習得しているボクサーは少数である。アマチュア選手ですら、ムエタイとの掛け持ち選手もよく見る。

ボス君は12試合ほどのムエタイ経験があるものの、国際式ボクシングがベースのボクサーで、トレーナー活動では得意な英語も駆使して、生徒には欧米人タイ在住者が多い。

今回の大阪遠征、私ともう一人、会場に応援に駆け付けたのは欧米人(出身国は聞いていません)のボス君の生徒のジョンさん。私と同様、猛暑となったタイ正月を逃げ出して、大阪に来ていた。

ボス君(チャイヤプック)がトレーナーを努めるThe Box

会場のエディオンアリーナ大阪、そのすぐ近くの喫茶店では伝説のボクサー、アンチェイン梶を見掛け、受付ではスーツを着た元日本フライ級ランカー、村井勇希とすれ違い、大阪らしい元ボクサーたちとの遭遇に「久方ぶりに大阪、難波まで来たんやなあ」と気持ちが盛り上がる。試合中に「しばけ―」「殺せー」「ソイツ逃げ回っとるだけやんけボケエ!」と迫力ある声援が聞こえるところも、大阪を感じる。

野口対チャイヤプックは、WBOアジア太平洋タイトルマッチ、加納対亀山の前座試合。
試合のポスターと、映画「AKAI」の赤井英和サイン入りポスター。

この日の8回戦、松岡輝(大成)対福井貫太(石田)で、福井のセコンドについたのは、大阪が産んだ元世界王者の石田順裕で、ジョンさんにつたない英語で、彼はGGG(ゴロフキン)と戦った有名ボクサーだ、と説明した。

セコンドに付く元世界王者の石田氏

タイには現在、大手ではTL(ギャラクシー)、NKL(ナコンルアン)、ペットインディーの三大プロモーションがプロボクシングの世界を牛耳っており、各プロモーションで定期テレビファイトも行っている。

中でもペットインディーはミニマム級に世界チャンピオン2人を有している。世界タイトルマッチに出場するのは、大体この辺りのプロモーション所属の選手が多い。

ボス君はこのいずれの所属でもなく、大手ではないシンマナサックジムやウルフボクシングジムの自主興行などでプロ活動を行ってきた。6回戦までを戦ってきたが、タイではプロ選手としては無名のままで、現在は元々志望していたトレーナー業をメインとしている。

この日の大成ジム興行では他に2人のタイ人ボクサーが出場した。いずれもよくあるタイのムエタイからの転向者スタイルで、キックのないキックボクサーとも言える戦い方。

防御に難があるのが目に付く。ムエタイの癖で、パンチをブロックせずに基本的にスウェーで全てかわそうとする。この2人はあっさりKO負けしてしまった。

特にこの日のタイトルマッチに出場したタイ人選手は「噛ませ犬」と言われても仕方がない試合ぶりだった。

ボス君の実力は未知数であるが、彼がインスタグラムなどのSNSであげるボクシングの教習動画は、とてもしっかりした内容である。そんな、ムエタイの延長ではない、きちんとしたボクシングで、大阪のボクシングファンに存在をPRできるかどうか、と言ったところだろうか。

一方の野口は背が高く、とにかく距離が長い。昨年の全日本新人王戦のスコーピオン金太郎との敗戦からの再起戦であり、これまで2勝(2KO)2敗。昨年の新人王西軍代表決定戦で、敢闘賞を受賞しており、実力的には6回戦以上だろう。東日本、全日本MVPのスコーピオンとの全日本新人王戦は相手が悪かったとも言える。

野口は3勝に満たない為に4回戦からの再スタート。今回のチャイヤプック戦はスコーピオン戦と同じく、サウスポー同士の戦いとなった。

チャイヤプックの小柄な体格、パッと見のスタイルはややスコーピオンを彷彿させるが、スコーピオンのように一気に距離を詰めたり、思い切った危険なパンチというのはないように見えた。

正直で、基本に忠実なボクシング。初回、距離を潰そうにも野口はクリンチで追撃打を許さない。離れ際にチャイヤプックからクリーンヒットを奪う。この回、バッティングでチャイヤプックは眉間から出血。

2回、チャイヤプックの左が当たったと思ったら野口が右をカウンターで返す。一気に責め立てる野口だが、チャイヤプックも応戦して立て直す。チャイヤプックのボディやアッパーも有効で、そのまま距離を詰めたいが野口がうまく距離を取る。野口左右の狙い撃ちがあるが手数は少ない。チャイヤプックが必死に前に出てパンチをふるう。

3回、この回、野口はチャイヤプックの攻めに慣れたのか、野口は遠い距離からも手数が増える。うまくチャイヤプックのパンチに合わせていく。少し差が出てきたように見えるが、チャイヤプックは諦めない。終盤、野口の懐に入っての左右フックも有効に見える。

4回、チャイヤプックが前に出るが開始50秒、疲れが見えるチャイヤプックに野口の左がクリーンヒットで頭が跳ね上がる。チャイヤプックは距離を詰めて左右フック、アッパーで応戦。そして距離を詰めようと前に出たところを野口の左の狙い撃ちが決まる。

チャイヤプック、なんとかこらえるが大きな左フックをくらいダウン。立ち上がったもののレフェリーは続行を許さず、TKOとなった。野口はこれで3勝(3KO)2敗、初黒星のチャイヤプックは5勝(3KO)1敗となった。

試合後、すぐにジョンさんや私のところに駆け付け「負けちゃってすみません」と謝るチャイヤプック、「絶対また帰ってくる。負けたままじゃないから」と強く私たちに話した。

試合直前のチャイヤプック

チャイヤプックも私も、試合のあくる日にタイに戻った。ひと息着いたところで、試合を振り返っての感想を彼に聞いてみた。

「日本のプロボクシングはプロテストがあり、また競争が激しい、アジアの中でもレベルが高いと感じる。僕は決して特別なボクサーではないが、また日本でも機会があれば挑戦し、勝利を飾りたいと思っている。ボクサーとしてももっと成長できると思っているし、そこに到達したい。そしてその経験を活かして、生徒達の夢を叶える手助けにしたい」とコメントしてくれた。

彼の想いは、彼自身の戦いぶりを通じて、応援に駆け付けた私や、ジョンさんに充分に伝わった。特に、教え子のジョンさんは、チャイヤプックのアウェーの戦いに強く感動していたようだった。

チャイヤプックこと、ボス君はトレーナー業の傍ら、大学に通う「大学生トレーナー兼プロボクサー」だったが、この3月に大学は卒業した。これからは専業トレーナーとして、またプロボクサーとしての、ますますの活躍を期待したい。

「野口は強いボクサーだった。彼との試合の経験は、僕のボクシングのレベルを引き上げるきっかけになる。日本で必ず勝利したいし、次の試合も待っていてほしい」と再起を誓っている。

※ボス君の instagram  " bbossbox " 「是非フォローして下さい」とのこと。


※ボス君(チャイヤプック)がトレーナーを努めるThe Boxのページ ↓


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