その価値観は、どこから?いつから?
「普通に」「みんなと同じように」を手放すときには
自分が今まで疑問を持たずに信じてきた善悪や習慣と向き合う機会がたくさんあると思います。
最近、週に2回ほど学校を利用している娘に向けられる、生徒たちからの奇異な眼差し。
好きなことにだけ参加するのが許せず、「またプールだけきたの?」と私に言う子。
「そうだよ」と笑顔で答えながら、少し悔しそうな羨ましそうなその子の表情に私もちょっと切なくなる。
あなたとゆっくりお話ししたいな。その時はなんでも聞いてね。
私もあなたに聞きたいことがある。
その価値観は、どこから来たの?いつからあるの?
本当にあなた自身のものなのかな・・・・・
娘の学校には生徒たちを監視するように睨みつけ、叩きつけるような言葉を吐く先生が何人もいて
どこか怯えた目の子どもたちは、お互い「正しい生徒像」からはみ出さないよう注意して
ほんのわずかな自由時間で自分の強さを誇示したり、誰かを従わせようとしたり
たまに聞こえる楽しそうな声も
「無意味に遊ばないの!」とかき消されてしまう
子どもだけじゃない、大人も少し苦しいかな。この場所は
学校の先生は幸せであってほしい。
でも先生が働き方を改善しようとすると、「生徒が先だ!」とクレームがつく。たくさん叩かれる。
どちらが先、と選ばなきゃいけないのかな
生徒が学校で幸せに過ごすには、先生が幸せであることが不可欠で
生徒と先生は、上下でも主従関係でも敵同士でもない
「生徒は」「先生は」「こうあるべき」、というのを
相手にも自分にも押しつけなくていいんだって
いつかどこかで伝えられたらいいなと思います。
動画より;フィンランドのある数学教師の言葉
「自分も他人も尊重できて、幸せに生きる方法を教える」
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