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恐れを砕く装い、草食系のファイター

夏の宵に引き寄せられ、昔話の続きをしてみたい。

私は逃げ足が早い。

小学生の頃、ドッジボールをやると必ず、コートの片隅に最後まで残った。私はたいそう臆病なたちで、全力でボールをぶつけ合う遊びなんて冗談じゃない!といつも必死で逃げた。おかげでボールをよけるのは、異様に上手くなった。
作文に「私は最後まで全力で逃げ切りました」と胸を張って書き、母は笑い転げたが、失礼な話だ。最後まで逃げ切るにはコツがあるのだ、とにかく俊敏でなければ。草食動物は、逃げ足の速さが生死を分けるのだから。

そんな筋金入りの臆病者も、本当は「強くなりたい」とこっそり思っていた。
「バレエか空手を習いたい」と願っていた私だが、空手の方を諦めたのだろうか。答えはもちろんNO!
「空手なんかやったら、鼻が折れる」と親に脅され(鼻の骨が折れるのは、確かに大惨事)、それならばと、大人になってから、キックボクシングを習い始めた(全然諦めていない上に、キックボクシングにも顔面攻撃があることには、気づいていない)。

私は、猥雑な繁華街を少し歩いたところにある、小さなキックボクシングのジムに通うことにした。
当時私は、「糸よりキレやすく、強きを助け弱きを挫く」と評判の、残念な上司の元で働いていた。
月に一度、鬼舞辻無惨のパワハラ会議みたいなものに、上弦の鬼の一員として参加する(親近感を覚えるのは、美意識高めのおバカな壺の鬼です)。そこで、殺伐とした会議の帰り道、ジムへ寄り、サンドバッグを叩けたら、いいストレス解消になると思ったのだ。

軽い気持ちで始めたが、ずしりと重いサンドバッグは、素人が適当に叩こうもんなら、たちまち手首を捻る…ということを、すぐに学ぶ。
ジムでは、鍛えられた肉食獣たちが切磋琢磨しており、草食系の私は、明らかに浮いていたが、サンドバッグを叩いてみたかったので、気にせず練習に励むことにした。

ジムの会長は、霊長類の頂点という言葉がぴったりな人で(実際ボクシングの元チャンピオンだった)、更衣室では、豹や虎のようにしなやかで気の強そうな女性たちに気圧されっぱなし。すみっこでそそくさと着替える私のヘタレっぷりは、特に治らなかったが、キックボクシングを習って、学んだことはたくさんある。

トレーニングでは、ミット打ちをし合うのだけど、キックを受ける時、怖がって腰がひけていると、吹っ飛ばされる。当たりどころが悪ければ、ぽっきりと骨が折れる。
腰に力を入れ、体重を乗せてミットを構え、前のめりで受けなければならない。
「怖い」「逃げたい」という、本能的な恐怖心を抑えて前のめり…。
最初怖くて、ちょっと涙目になったが、集中力を切らしたら、即病院行きである。無我夢中でやるうちに、何とかそれらしくなってきた。

このトレーニングは後々、役に立った。
件のパワハラ上司やハードクレーマーの対応など、人生には厄介ごとがつきものだが、私は逃げたい気持ちを抑え、相手の出方を観察・分析し、落ち着いて対処した。(最終的に相手が暴れたら、みぞおちに一発入れて逃げようという治安の悪い心掛け…真似しないで下さい。幸いその機会は無かったです、110番通報はあったが)。

トレーニングしたところで、私が草食動物側であることは変えられなかったが、狩られるだけの獲物ではなく、逃げるだけでもない、隙を見て、反撃する勇気を持った草食動物になったと思う。
今ドッジボールしたら、自分にぶつかってくるボールを、ニヤリと笑って受け止められるかもね(ドヤ顔)。

自問自答ファッション講座を受け、あきやさんの手を借りて宙返りしてから、自問自答していると、そんな素の私が、ぽんぽん飛び出してくる。
(先日のサイン会での講演、お聞きになりました?「モードだけが異質。戦い、自立、自分を獲得するための服」ですって!名言が過ぎますな。あのお方、予知能力あるんかな)

↓モード系属性の自分を受け入れることにした話はこちら。



私が欲しいのは、美しくて軽やかで、エレガントな武装。
自問自答していくと、メリケンサックが付いたようなクラッチバッグ(激しめの自己紹介)やスタッズ付きの靴などが、どんどん、妄想クローゼットに立ち現れる(ま、昔から好きだったんですけどね)。
振り回したら破壊力がありそうなバッグ、素早く走り出せる、軽く頑丈な靴に惹かれる。

私は本来、戦いを好まないし、戦う必要もない。人をむやみに威嚇するファッションは全然、エレガントじゃないし、弱い者いじめは強さではない。
危険が迫った時、怯えて立ちすくむことなく、隙を突いて反撃し、みんなで逃げるための時間を作れたら、それでいい。
捕食者に、私の姿を見て畏れて欲しい、簡単に屈する人間ではないと。
(カッコよくキメましたけど、たいがい、うっかりした人間なのは文面通りです。)

私が一番大事にしているバッグのデザイナーは、アレキサンダー・マックィーン。
彼はモードの反逆児であり、「Savage Beauty」な人なのだけど、幼児期に虐待を受けた経験から、自分は「女性が強く見える服を作る」と言っていた。(かなり過激なお方だったので、万人におすすめはしません)。
今は、愛弟子のサラ・バートンが彼の意思を受け継いで、強さを内包しながら、エレガントな側面を強調し、とてもロマンティックなものに昇華させている。

エレガントな武器としてのバッグと、速く力強く走れる靴を身につけて、静かに立ちたいと願う草食系のファイター。
私はわかりやすく、強そうな装いに惹かれるけれど、自己表現する手段としてのファッションは、人それぞれ、世界との付き合い方も人それぞれでよいと思う。

誰もが傷つけられたり、損なわれたりせず、戦わずに済めば、それに越したことはない。
一人一人が真剣に自分と向き合い選んだバッグなり靴なりが、人生のあらゆる試練から、その人自身を守ってくれるものでありますように。
奪われそうになったその時は、毅然として、人生の主導権を誰にも渡さない。
それがわかっている人は、きっと周りの人の人生も尊重できる。


次の旅に行ってきます✨またいい記事書きます。おもしろきこともなき世をおもしろく、が合言葉!