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[後編]久石譲とFOCの「ブラームス交響曲全集」ついに完成!

ブラームスの難しさとは
[後編]では発売記念として、ブックレットに掲載した久石譲氏と柴田克彦氏(音楽ライター・評論家・編集者)の対談インタビュー冒頭を掲載します。ブラームスの交響曲に取り組むきっかけなどが語られていますので、ぜひご覧下さい。

また、柴田氏には一足早く完成音源をお渡しし、レビューも執筆していただいたので紹介いたします。


対談インタビュー

対談は2023年5月11日長野市芸術館にて交響曲第1番の収録後に行われました

ブラームスの難しさ

柴田:まずは、フューチャー・オーケストラ・クラシック(FOC)の演目として、ベートーヴェンの次にブラームスの交響曲を選ばれた理由からお聞かせください。

久石:ベートーヴェンに並ぶ作品といえばやはりブラームスしかない。まだ早いかもしれないと思いながらも、チャレンジすることにしました。ただ、ブラームスは本当に難しい。

柴田:どんな点が難しいのでしょう?

久石:ベートーヴェンはもちろん、歌謡的なイメージのあるシューベルトでさえも、交響曲ではモティーフを重要視してきちんと作ってあります。モティーフ的な楽曲は、論理的な構造を明確にできるので、全体の構成もクリアになります。でもブラームスは、歌謡的なメロディを無理矢理モティーフ化しようとしている。その扱い方がとても難しいのです。

柴田:ブラームスの交響曲の満足いく演奏は、意外に少ないですね。

久石:マーラーなどに受け継がれていく歌謡メロディ的な要素、すなわち非常にロマン的な体質と、ベートーヴェンに憧れている論理的な部分が混然
としているので、指揮者にとっては難儀なのです。だから僕も若干躊躇しました。
 しかも、ドイツ音楽という括りの重い演奏=「これぞブラームス!」との見方が横行してしまった。FOCでもその問題が出てしまうので、改めて「うちはチェンバー・オーケストラで、スポーツカーだから」と言わないといけなかった。フル・オーケストラはダンプカーで、カーブもゆっくりとしか曲がれない。でもスポーツカーはきゅっと曲がれます。FOC ではそれをやり
たいのに、皆少しずつ次を待ってしまう。
 ブラームスも初演の時はFOCと同じくらいの編成なので、そんなに重く弾いているわけではない。ところが一般的なアプローチは、後期ロマン派のマーラーなどへ繋がり、さらには20世紀のドイツ的な重い表現へと繋がっていった。すると演奏家がそこから抜け出すのはすごく難しい。

柴田:確かにそうですね。

久石:FOC のブラームスでも、1番は一度録音し、リリースもしています。でもそれを聴くと、速いテンポで論理的に扱おうとし過ぎたために、歌っていない。なので1番だけセッションで録り直しをしました。歌謡的な要素と論理的な部分のマッチングを上手くやらないとブラームスは成立しないというのが、今回よく分かりましたね。

FOCのブラームスとは?

柴田:前のベートーヴェンの交響曲全曲演奏の際に「ロックやポピュラー音楽を知った上でのベートーヴェン」という話をされていましたが、今回その点はどうですか?

久石:今回その発想はあまりありません。それよりも、今まで聴いてきた重すぎるブラームスはやりたくないとの思いが強かった。とはいえアップテンポにしてただ縦を合わせたような演奏だとブラームスにならない。従って、現代的なテンポやインテンポを基準にはするが、必ず大きく歌う。その点をものすごく気にかけました。

柴田:ベートーヴェンの時はリズムを相当意識されていましたが、今回はどうですか?

久石:とても大事にしています。ただ、ブラームスに颯爽という印象はないでしょう? 遅くはないが、颯爽ではない。アップテンポにすると絶対弾けないくらい難しいところが出てきます。だから、テンポを上げればいい、リズムを強調すればいいってものでもない。ブラームスの難しさはそういうところにもありますね。

柴田:では、ベートーヴェンの時に話されていた「ロックのような」という要素は?

久石:もちろんその要素はあります。でも音楽が軽くない。ブラームスの場合は、聴覚的に感じる1拍目が実際の1拍目ではなく、裏拍が多いので緊張させられます。それでも、テンションを保つリズムの要素はすごくあるので、リズムから追い込んでいく僕のスタイルは変わっていません。そう、ベートーヴェンがロックだとすれば、ブラームスはヘビメタ。重い。同じリズムだけど性格が違う。

柴田:「ブラームスはヘビメタだ!」というのはキャッチーですね(笑)。

久石:そこだけ切り取られると困るけど(笑)。

対談インタビューより冒頭部分を抜粋


ブラームス交響曲全集 レビュー

 久石譲が指揮するフューチャー・オーケストラ・クラシックのブラームスの交響曲は、清新な魅力に溢れている。室内オーケストラの編成(基本的に8型、2番のみ10型)、速めのテンポによるキビキビした進行は、まさに久石の言う“スポーツカー”だ。そこは絶賛を博した前作のベートーヴェンと同様。しかしブラームスにはロマンの要素も強くある。耳新たで生気に富んだ表現の中に、古典的な造形美とロマンティックな味わいが共生したこの演奏は、常識を打破する新たなブラームス音楽といえるだろう。

 1番は、2020年のライヴ録音を一度リリースしながら、今年5月にセッションで録り直した渾身の1曲。まず第1楽章序奏部の速いテンポと中高音寄りの響きに驚かされるが、引き締まっていて流れは自然だ。この部分は“ウン・ポコ・ソステヌート”であってアンダンテやアダージョではない。本演奏はそのことを改めて認識させる。主部は推進力抜群な、まさしく“アレグロ”。第2楽章はやや速めのテンポの中で十分に歌われている。第3楽章は室内楽的な綾が生かされた演奏。第4楽章も大河のようではなく、リズムや刻み等が明確で、やはり推進力十分だ。全体に、重量級ではなく、様々な動きが綾なす大きなアンサンブルのような1番。重層的過ぎずに重層感やエネルギーを表出した、これまでにない演奏といえようか。

 次いで2番。第1楽章は、久石が「思い入れを込めすぎないよう、呈示部をあっさりと表現する」と語っていた通り、きっぱり、くっきりとした運びがなされる。だが、繰り返しの効果も相まって、果てしない田園情趣がいつも以上に描き出される。第2楽章は、あらゆる音が息付いた、やはり室内楽的妙味に溢れた演奏。第3楽章は生き生きと弾み、時にメンデルスゾーンの軽妙なスケルツォを彷彿させる。第4楽章はリズムもフレージングも明確な締めくくり。

 久石が「1番好き」と話す第3番は、そのシンパシーが伝わる好演だ。第1楽章は演奏スタイルが楽曲の性格にピタリと合っているし、第2楽章は美しき表情の移ろいで魅せる。第3楽章は、有名な旋律のささやかな歌い回しやノンビブラート(と思しき)の音色感が、曲の侘しさをより引き立てている。第4楽章は、あらゆる動きがダイナミックに躍動し、スムーズに遠くへと去っていく。久石がこだわった最後のトレモロ部分も印象深い。個人的には今回の4曲の中でこの曲に最も惹かれる。

 第4番は、楽譜通りの明確でさりげない冒頭部分がインパクト十分。これは演奏伝統とは真逆の生き方だ。だが、この軽快ともいえる進行は、後半の高揚部分の感動をより強めることになる。第2楽章は、ピッツィカート等の明瞭な効果もあって、緩徐楽章でありながらビート感のある音楽が現れる。第3楽章は鮮烈かつ爽快な快演。第4楽章も重過ぎず、曲に即した濃密さを保ちながら締まった音楽が展開される。

 しみついた演奏伝統と過度な思い入れを排した、重苦しくなく、それでいてカロリー十分のこのブラームスが、録音史に新鮮な1ページを刻むのは間違いない。加えて、1、2、3、4番と進むに連れて、音楽の流れが自然になっていくように感じられる。すなわちそこにブラームスの交響曲創作の進化が反映されている。これを感知できるのも、本全集の重要な要素だ。

柴田克彦

2023年7月

取り扱い店

ブラームス交響曲全集はオクタヴィア・レコードWeb Shop、タワーレコードHMV他でお取り扱いしております。

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