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10月7日、子供の頃にみた悪夢が現実となった

子供の頃、悪夢を3つ見た。繰り返して何度も見たわけではないが、私の心に焼きついている。その内のひとつは、森の中をテロリストが追いかけてくるというものだ。命からがら走って丘を登ろうとすると、テロリストの一団が迫ってきて、そこで目が覚めた。

土曜日、その悪夢が現実のものとなった。
私は、NOVA音楽祭にフードトラックを出店していた。金曜の真夜中3時頃、仕事に追われていると、短い白髪の老婦人が杖を片手に中世の預言者のような服を着て近づいてきて、私にメモを手渡して去って行った。意味がわからなかったけど、気になってメモを見ると、そこには「生きて帰れる者はいない。出来る限りのことをすればいい。メモと杖を持った老婦人より」と書かれていた。
「こんなメモを渡して、俺に何をしろというんだ?」メモを握りつぶして仕事に戻った。

土曜日、朝6時。相棒のドロンを起こして、そろそろ勤務交代だと伝えた。ようやく眠りにありつける。
6時15分頃、マットレスの上に横になった。
6時30分、シェフのロタンが私をゆり起こした。「起きろ!起きろ!奴らがロケットを撃ってきた!レッドアラートだ!」
ベッドから飛び起き、会場のカラフルな天蓋越しに日の出を見上げると、空中がロケット弾と迎撃ミサイルと爆発で埋め尽くされている......命からがら逃げ出す人もいれば、その場にとどまり、目の前で繰り広げられる非現実的な光景を呆然と見ているだけの人もいた。
最初は、「これもあの国境あたりの動物たちによる子供じみた挑発の類で、すぐに終わる。荷物をまとめてさっさと帰ろう」と思っていた。しかし、ロケットと爆発は止まないどころか、どんどんひどくなった。

私はドロンに、「何かやばそうだ。荷物をまとめて逃げよう」と言った。弾幕がまだ続く中、荷物をまとめ始め、ドロンは車を取りに行った。ロタンと私はそのまま荷造りしていると、突然、森の中から機関銃の銃声が聞こえてきた。
音楽祭の会場は国境にかなり近かったので、その辺りから聞こえたのだろう思った。しかし2分も経たないうちに、音楽祭のプロダクションの車両が森の方から走って来て、2人の警備員に抱き抱えられた若い女性が、頭も顔も血だらけで叫んでいた。「頭を撃たれた!助けて!テロリストがいる!友達がみんな殺された!」
マゲン・ダビデ・アドム(MDA:イスラエルの救急救命士と救急隊員による医療チーム)とその場にいた警備員たちは、彼女の言っていることを真剣に受けとめず、トランスの音楽祭だったこともあり、「ドラッグで幻覚を見ているか、混乱して頭を打っただけでは?」と尋ねた。「幻覚なんかじゃない!ここにはテロリストが大勢いるの!助けて!」と、彼女は怒鳴り返した。このやりとりは全て、ロケット弾が降り注ぐ中で起こっていた。

その瞬間、私は何か大きなことが起こっているのだと理解した。
息子、テヴェルの顔が頭をよぎる。ドロンに電話して、テロリストがいるからそのまま車で逃げろと伝えた。「俺たちも今すぐここから逃げる。頼むから君も逃げろ!」と。しかしドロンは、彼の優しさゆえに、親友から借りていたフードトラックを取りに戻ると言い張った。「そんなものどうでもいい、早く逃げろ!」

ロタンと私は4WD車で、野原を走り抜けてちょっとした渋滞を迂回したが、その先の大渋滞で足止めされた。パトカーと武器を構えた警察官たちが道を塞いでいた。何が起こっているのか、どこへ行けばいいのか、まったくわからない。誰も何が起こっているのか理解していなかった。
野原から女の子が現れ、渋滞の方向を指差し、警察官に向かって叫んだ。「あそこにテロリストがいて、車に乗っている人たちを殺している!」みんなパニックになり、警察官は車で逃げるか、東のほうの開けた野原に行けと言った。
私は、どうしたらこの渋滞を迂回して、野原を抜けて丘の上まで行き、この悪夢から逃れられるだろうかと考えながら、車に乗り、キーをイグニッションに挿した。
エンジンがかからない。この状況の中あまりいい兆候ではないが、すぐに気を取り直し、車を降りて逃げ出した。全速力で逃げている間、銃声と恐怖の悲鳴が四方八方から聞こえていた。

ある車が私の近くに止まり、一緒に乗るように言ってくれた。乗ったはいいが、開けた野原の真ん中で渋滞にはまって、ほとんど前には進まない。私はドロンに電話し、これは本当のテロ攻撃だ、そこから今すぐ逃げてくれと懇願した。この時、ドロンは「会場はテロリストに包囲されていて、軍は誰も外に出られないようにしている」と言い、電話は切れた。

丘の頂上から、たくさんの車がUターンし始めているのが見えた。それは、「おっと道を間違えた」というようなUターンではなく、チャック・ノリスのようなUターンだ。40台ほどの車が大混乱になった。車のドライバーに、「みんな理由もなく引き返してくるわけがない。あそこで何かが起きてるに違いない。」と言った。彼は頑固そうで引き返そうとはしなかったが、どんどん車がUターンしているのを見てようやく彼もそうした。
私を見守る何か大きな力によって、私の車はエンストしたのだと思う。丘の方を回って渋滞を抜けるつもりだったから。
警察官たちと一緒に渋滞に戻ると、すぐそばで銃撃戦が始まった。悲鳴が上がり、人々が散り散りに走り出した。ドライバーに「逃げよう!どこへでもいいから走れ!エンジンをかけろ!」というと、彼は私たちが指図したことに腹を立て、その場に留まると決め込んだ。「死ぬ運命なら、死ぬ」と彼が言い終わると同時に、私は車から飛び降り走り出した。彼が生きていることを祈る。

開けた平原だったが、茂みが近くにあったので、他の多くの人たちがそうしていたように、必要があれば転がり込んで隠れることができた。
他の人たちと一緒に走っていると、銃声が近づいてくる......。
前日も同じ場所でパーティーがあって働いていたので、3日間寝ていなかった。命からがら走っていると、銃弾が私の頭の横を通り過ぎ、土が私の脚に吹きかかった......Yes(イスラエルのケーブルテレビ局)の大げさなコマーシャルを1000倍くらいもっと大げさにした感じの現実だ。ショックで足が凍りついた。まるで、これでおしまい、私たちはもうあなたのために動きませんと言うかのように。死んだふりをするか、あるいは森に逃げ込んで隠れるか、もう倒れてしまえとさえ思った。目の前に息子の顔がよぎる。そのとき、小さなシュコダがゆっくりとそばに寄って来たので、私は後ろのドアを開け、中に飛び込んだ。天使のような存在だった。その後、3人の女の子も加わって、小さな車に9人でぎゅうぎゅうだった。ドライバーがアクセル全開で走る中、穴の開いた車や投げられた遺体など、忘れられない光景を目にした。なんとか無事に公道にたどり着いたが、あの地獄から生還したとはまだ信じられなかった。途中のバリケードにテロリストがいるのか、兵士がいるのかもわからなかった。

ドロンと連絡がとれない。電話はつながらないし、WhatsAppのメッセージに既読になってない。
ドライバーはアシュドッド近くのガソリンスタンドで私を降ろしてくれた。家に帰るための迎えをそこで待った。

家に帰りつき、息子のテヴェルを力の限り抱きしめた。
命の贈り物が再び自分に与えられたのだ。出来る限りのことをやった。杖を持った老婦人からのメモに書いてあったように。
妻のハンニとテヴェルを抱きしめて、涙が止まらなかった。

この証言を書きながら、パソコンに涙が滴り落ちる。
フェイスブックのフィードには、この人は行方不明で、あの人は誘拐され、あの人は殺され、あの人は怪我をしていて、と、まるで終わりのない追悼日のような訃報が並んでいる。
そして私のように生き残った人々も、傷を抱えている。
テロの前夜、私はパーティー会場に集まった人々の半数に食事を提供したのだ。この苦しみを受け止めきれない...

呪われたテロリストたちよ。1グラムの酸素を消費するにも値しない怪物たちよ。一家全員や兵士たちを虐殺し、赤ん坊や老人を拷問して誘拐し、歴史の暗黒時代のようにユダヤ人であることを理由に罪なき人々を森で虐殺した、血に飢えたテロリストたちよ。そして、彼らを支持するすべての人たちよ。私はこう言いたい。
あなたたちは、私が10歳の時、悪夢の中にいた私を捕まえることができなかったし、この土曜日も失敗したのだ!
ユダヤ民族は暗闇の海の中の一点の光であり、あなた方がそれを消し去ることに成功することは決してない!

*私は2日前(2023年10月9日)、まだドロンが大虐殺から生き延びるように祈っていたときにこれを書いた。しかし昨日(2023年10月10日)、あの怪物たちが彼を殺害したと知らされ、私の心は完全に粉々に砕かれた。
ドロン・ボルダス。友人であり、シェフであり、ヴァイキングのようでありながら、ハエの羽の先さえも傷つけなかった心優しい君。とてもピュアな心とユーモアと思いやりを持っていたね。私たちの会話を思い出す。ああ、親愛なる神よ。ドロンと私は3日間、一緒に並んで屋外で寝て、働き、笑い、楽しみました。苦しくて息ができません。どうか神が彼の血に復讐してくださいますように。

大切な家族を失った人々に深い哀悼の意を表します。そして、負傷した人々が一刻も早く回復し、行方不明の人々が全員生きて発見され、誘拐された人々が一刻も早く家に戻れますように。
私たちはまずこの傷を癒さなければならない。

心温まるコメントを寄せてくれた皆さんに感謝します。心優しい皆さんは素晴らしい方たちです。この様な理不尽なことが起こっていても、私はこの国の国民であることを誇りに思います。

** この文章は2日前に書いたものだが、時間が経つにつれて、色々なことに気付き始めた。
テロはロケット弾の乱射から始まり、レイムの駐車場を中心に爆撃は2時間止まらなかった。絶え間ない頭上の爆発が、地を揺り動かした。
確かに多くの軍事的失敗がこの事態を招いたが、いつものように完璧に機能した軍事的側面がある。アイアンドームだ。
もし迫撃砲弾が野原に落ちていたら、音楽祭の参加者だけで1000人の死者が出ていただろう。しかも、私たちがいたのは普段から攻撃を受けている野原だった。でも、破片が飛んできた記憶すらないのだ。
もう何を考えたらいいのかも、よくわからない。

イジク・B


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