中国深圳大芬村を歩きながら考えるコピーアートとアートの境界(後編)

画像1 前回は中国深圳大芬村を歩きながら文章とモノクロで切り取って行ったけれど今回は言葉よりも絵をメインに考えていきたい.贋作村で過ごすアートとコピーアート,そして人の生活.

この続きをみるには

この続き: 画像28枚
この記事が含まれているマガジンを購読する
落合陽一が「今」考えていることや「今」見ているものを生の言葉と写真で伝えていくことを第一に考えています.「書籍や他のメディアで伝えきれないものを届けたい」という思いを持って落合陽一が一人で頑張って撮って書いています.マガジン開始から1年近く経ち,購読すると読める過去記事も400本を越え(1記事あたり10円以下とお得です),マガジンの内容も充実してきました.

落合陽一が日々見る景色と気になったトピックを写真付きの散文調で書きます.落合陽一が見てる景色や考えてることがわかるエッセイ系写真集(平均で…

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

いつも応援してくださる皆様に落合陽一は支えられています.本当にありがとうございます.

落合陽一です! SNSでシェアいただけると喜びます!
54
メディアアーティストで光や音や物性や計算機メディアの研究をしているような感覚的物書きで博士持ちのスナップ写真家です.多様性社会を目指す波動使いの准教授.noteは作家としての個人的な発信です.ご連絡はリンク先のお問い合わせまで. https://yoichiochiai.com

こちらでもピックアップされています

落合陽一の見ている風景と考えていること
落合陽一の見ている風景と考えていること
  • ¥3,980 / 月

落合陽一が日々見る景色と気になったトピックを写真付きの散文調で書きます.落合陽一が見てる景色や考えてることがわかるエッセイ系写真集(平均で月25回くらい更新しています)

コメント (7)
ソフトフォーカスでしょうか?とても優しいのに、生命力に溢れています。生き生きとしたものを感じます。どの写真も聞かなくても物語を語ってくれそう。「アーティストが目指す形」がわかったようでわからない。とても気になります。
葉っぱ付の桃が切なくもあり、彩りはあったかい。コンビニなんてなくて、冬になるとみかんが主役のこたつ生活だった、昭和の時がスライドする。落合さんの写真、生活からのアート。アートが生活。油絵の具の漂ってる街。ほのぼの。全く違う評価基準の芸術が生まれてる、生まれそうってことなんですねー!
生活と芸術、芸術と経済というのは別ものと分けて考えられがちです。生活に芸術があることや、その芸術が生活や人々の生き様に違和感がないこと、そして、芸術が経済活動になる程度に広く浸透していることは、永遠の憧れかと思っていました。ここに写されている身の丈に嘘のない世界に心揺さぶられます。グローバルな世界とは異なる尺度を持って生きる世界が眩しいです。本物と偽物の尺度にも、様々な観点ありますね。
水で絵を描く子供が特に印象に残りました。子供の頭の中には何が描かれていたんだろう。手にする水鉄砲が絵具だったらと思う一方で、砂場のアートに近いそれを感じるのでよりアーティスト。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。