転倒1回目

付き合って1ヶ月ほどが経ったある日のこと。

なんとなくまだ初々しさというか、気を使い合っているよそよそしさが拭えない、まさに友達以上恋人未満なそんな時期。

ある日、彼の買い物の付き添いで神宮の裏のほうにあるセレクトショップに入った。
そこは路地裏にある2階建ての路面店で、かなりおしゃれで敷居の高いイメージのお店だった。

店内は少しコンパクトな広さで、間取りはシンプルな四角形。
真ん中に正方形のソファーが置いてあった。
(漢字で例えるならこういう感じ→回 )

彼は目当てのリュックを探していた。
いつものごとくスカしたフゥーンみたいな顔をしながら。

商品の陳列方法が少し変わっていた。
四方の壁の天井近くにまで商品がディスプレイされているので自然と目線が斜め上を向いてしまう。

私は1mほど距離をあけたところでその様子をただ見ていた。

彼は、壁にかかっているリュックを少し遠目から見ようと
リュックを目で辿りながら後ろに数歩下がった。
すると次の瞬間、「ぅあぶね!」という言葉とともに
彼が私の視界から消え、そして現れた。
そしてまた消え、気がつくとご丁寧にソファーに着席していた。

一瞬のできごとに理解が追いつくのに2秒ほどかかったが、平たく言うと彼は後ろに下がった時にソファーに膝裏がぶつかりそのままソファーに尻もちをつき、
2度ほど激しめにバウンドしてしまったのである。

ここはおしゃれショップ。
あんなにスカした顔で店内を物色していた人が、
ねとんでもなくおもしろいことをしでかしてしまった。

だけど空気を読めすぎてしまう私はその場で笑うことができなかった。
最初に書いたように、まだ気を使う間柄だからである。

とっさに「大丈夫?」とだけ言い、
しれっと買い物を済ませる彼を見届けた。

そしてその夜。
三宿にあるお気に入りのお蕎麦屋さんに並んでいた。
待ち時間が長く、会話が終わり少しの間沈黙があった。
その時にふとお昼のバウンド事件のことを思い出してしまった。

やはりあんなおもしろい事件、黙ってはいられない。

「ねぇ、お昼さ… こけてたよね…!!」

言えた。
あの時の我慢が今になって爆発してしまい、
私は店先で涙が出るまで笑ってしまった。

なにがおもしろいって、あんなに静かでおしゃれな店内でスカしまくっている彼が転んだ。
しかもバウンドしてる。
しかも「あぶね!」とか言ってたけど、
すでにあぶな終わっている。

そして更にはクールな店員さんに「大丈夫ですか?」とまで聞かれていた。
やわらかいソファーでバウンドしただけなのだから、
大丈夫に決まっているところも重要なおもしろポイントになっている。

すべての要素が合わさって、私は笑わずにはいられなかった。

スカしている彼なのでプライドを傷つけてしまうかもという心配があったが、
私がヒィヒィ言いながらあまりにも楽しそうに笑うのでつられて笑っていた。
案外いじられるのも大丈夫そうだとここで気づくことができた。

この事件があってから、この日に買ったリュックのことは
「バウンドした時のリュック」と呼んでいる。