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業務委託契約書における損害賠償の責任限定条項について

業務委託契約とは

企業法務の担当者の方は、どのような業種であれ業務委託契約のドラフト・レビューを行った経験があるかと思います。M&Aアドバイザリー契約、コンサルティング契約、システム開発委託契約などは、いずれも業務委託契約です。業務委託契約は、自らの「業務」を相手に「委託」して代わりにやってもらい、その対価として金銭などを支払う契約です。

SI業界では、日常、システム開発委託契約を交わします。ユーザ(委託者)がベンダ(受託者)にユーザのシステム開発を委託する契約です。業務委託の一種であり、契約の性質は、開発の内容に応じて請負契約か準委任契約と解釈されています。

損害賠償責任の責任限定条項

システム開発委託契約などの業務委託契約書では、損害賠償に関する条項が設けられることが多いでしょう。たとえば、以下のような条文です。

第X条(損害賠償責任)
委託者又は受託者は、本契約に関して相手方に損害 (弁護士費用を含むが、これに限られない。)を与えた場合、これを賠償する責任を負う。

これは、とある法律事務所が公開していたドラフトなのですが、解釈としては特に何も書かれていないに等しい条項です。
結局のところ、紛争が起こった場合には、民法415条に基づいて、債権者が損害賠償請求の要件事実を立証しきれるかどうか、によって解決されることになるでしょう。

ところで、SI業界では、ベンダ(受託者)に有利な契約ということで、損害賠償責任を限定する条項を提案することが多いです。たとえば、以下のような条文です。

第X条(損害賠償責任)
委託者又は受託者は、本契約に関して相手方に損害賠償責任を負う場合、相手方に対し、本契約で定める業務委託料の範囲において、相手方に直接かつ 現実に発生した損害のみ賠償する責任を負う。

ポイントは、「本契約で定める業務委託料の範囲において」です。これが責任制限条項の核となる部分です。

ちなみに、独立行政法人情報処理推進機構(通称、IPA)が、「情報システム・モデル取引・契約書」という契約書のひな形と解説を公表しています。https://www.ipa.go.jp/ikc/reports/20201222.html

IPAが公表しているひな形契約の損害賠償責任の条項は記述量も多いですし、上記の責任制限条項の例よりも深く考察されています。ベンダ側に立ったドラフティングの際にはかなり使える条文ですから、ぜひ参考にしてください。

責任限定条項の提案理由や交渉について

損害賠償額を業務委託料の範囲内に限定する条項は、一般的には責任制限条項とか、免責条項と呼ばれています。ベンダ側が責任制限条項を入れてほしいという理由については、

・ソフトウェア開発では開発に失敗すると損害が多額になる傾向にあり損害賠償額が青天井になるから
・SI業界では慣習的に受け入れられている条項だから

といった説明をされることが多いように思います。営業担当の方にも感覚的にわかりやすい説明です。ただ、これらはユーザの法務部門がしっかりしている組織や、ユーザの立場の強いときには一蹴されてしまうこともあります。たとえば、

・損害賠償は、基本的には因果関係の範囲内で認められるもので、青天井にはならないから、特に責任制限がなくても不当でない
・受託者の契約違反によって、業務委託料の金額以上の損害が委託者に発生するケースでは不合理だ
・民法の損害賠償ルールの原則どおりでお願いしたい

など、反論する理由はいろいろ考えられます。契約の条件交渉に時間的な猶予がある場合には、更に再反論して、

・原案の契約条件を前提にした業務委託料なので、契約条件が変更されるなら業務委託料も変更(増額)する
・受託者の故意や重過失の場合には責任制限が適用されないという条件を追加して折衷的で合理的な規定にしたい

といった再反論を検討します。前者の再反論は、業務委託料の再見積もりという点で事業部門が関与するところなので、時々、営業担当の方から嫌煙されることもありますが、「提案中の業務委託料にリスク管理のための工数としてX%程度を上乗せはどうか?」といった具体的な示唆も有効です。
ただ、結局、委託者の交渉力が強いと、「予算が決まっている」、「他社を検討する」などと言われたりして、デッドロック状態になることもあり、損害賠償責任の責任限定条項の交渉は難しいところです。

故意または重過失による適用除外について

先ほどの再反論にあるとおり、損害賠償責任の責任制限条項には、ベンダの故意または重過失の場合には責任制限が適用されない、という例外規定をよく目にします。この例外規定をドラフトする意義はどこにあるのでしょうか?

ざっくり背景的な考え方を説明すると、故意に契約違反して相手に損害を与えておきながら、あらかじめ交わした免責条項付きの契約書を盾にして相手に生じた損害は一切免責される、という結論を許してしまうと、世の中、免責条項ありきの約束違反者だらけになって国内の取引秩序が乱されてしまいます。紛争を解決するにあたって公平・公正な裁判所は、当事者間の約束を常に優先ではなく、誠実でない取引相手の方は保護しないという立場を取ります。

また、民事上では故意も重過失も評価的には同じ、という風に考えていて、故意または重過失など信義則に違反するような場合には契約や約款に免責条項があってもそのまま適用されない、という考え方につながります。

平成26年1月23日東京地方裁判所判決

この裁判例は、契約書に損害賠償の責任制限条項があるにもかかわらず、受託者であるベンダの重過失を理由に当該条項の適用が否定されました。

事案の概要は、ベンダがウェブサイトによる商品の受注システムを構築したのですが、その後、第三者からのSQLインジェクションによって、利用顧客のクレジットカード情報が流出しました。そこで、ユーザが、ベンダに対して、システムの設計、製作、保守等の受託者の債務不履行に基づく謝罪・問合せ等の顧客対応費用、売上損失などの損害賠償を請求した事案です。

SI業界では、ベンダが開発したシステムについてSQLインジェクション対策を怠ったことが重過失にあたる、とされた裁判例で衝撃を与えました。

ベンダは,情報処理システムの企画,ホームページの制作,業務システムの開発等を行う会社として,・・・ベンダに求められる注意義務の程度は比較的高度なものと認められるところ,・・・SQLインジェクション対策がされていなければ,第三者がSQLインジェクション攻撃を行うことで本件データベースから個人情報が流出する事態が生じ得ることはYにおいて予見が可能であり,かつ,経済産業省及びIPAが,ウェブアプリケーションに対する代表的な攻撃手法としてSQLインジェクション攻撃を挙げ,バインド機構の使用又はSQL文を構成する全ての変数に対するエスケープ処理を行うこと等のSQLインジェクション対策をするように注意喚起をしていたことからすれば,その事態が生じ得ることを予見することは容易であったといえる。
また,バインド機構の使用又はエスケープ処理を行うことで,本件流出という結果が回避できたところ,本件ウェブアプリケーションの全体にバインド機構の使用又はエスケープ処理を行うことに多大な労力や費用がかかることをうかがわせる証拠はなく,本件流出という結果を回避することは容易であったといえる。
そうすると,ベンダには重過失が認められるというべきである。
※・・・投稿者が加筆・修正

ベンダに重過失があったかどうかが争点になっていますが、システム開発契約には損害賠償に関する責任制限条項がありました。

裁判所は、企業間の契約書に責任制限条項があるからには、当事者の契約を交わした意思を極力尊重しておかないと公正とはいえませんから、責任制限条項を適用しないと判断するからにはそれなりの理由が必要です。

裁判例は、以下のような理由で、契約書にある責任制限条項の適用を排除しています。

(責任制限条項は、)ソフトウェア開発に関連して生じる損害額は多額に上るおそれがあることから,ベンダがユーザに対して負うべき損害賠償金額を個別契約に定める契約金額の範囲内に制限したものと解され,ベンダはそれを前提として個別契約の金額を低額に設定することができ,ユーザが支払うべき料金を低額にするという機能があり,・・・一定の合理性があるといえる。
しかしながら,ベンダが,権利・法益侵害の結果について故意を有する場合や重過失がある場合(その結果についての予見が可能かつ容易であり,その結果の回避も可能かつ容易であるといった故意に準ずる場合)にまで同条項によって被告の損害賠償義務の範囲が制限されるとすることは,著しく衡平を害するものであって,当事者の通常の意思に合致しないというべきである・・・したがって,(責任制限条項は、)ベンダに故意又は重過失がある場合には適用されないと解するのが相当である。
※()内は投稿者が加筆・修正

故意または重過失の適用除外をドラフトする意義

契約実務をやっていると、自社に有利になるように責任制限条項を規定するが、故意または重過失の例外規定は書かない、というドラフトを投げてくるケースがあります。さらには、故意または重過失を問わず免責されるという規定や業務委託約款を投げてくるベンダもいます。

こういう過度な免責規定は、ときどき、交渉がデッドロック状態に陥ることになり、最終的には契約するかしないかを会社として判断せざるをえない、という状況に陥ります(取引金額が大きく重要な契約になってくると粘り強く交渉するかもしれませんが)

自社にとって相手との契約が必要不可欠で、その相手が過度な責任制限条項を提示してくる場合は、上記のような裁判例もあることからどんな状況下であっても責任条項が適用されるとは限らないと押さえておくといいでしょう。交渉のための言い回しとしても上記の裁判例は使えます。

他方で、裁判例があるから責任制限条項の例外規定を入れなくて良い、と安易に考えるのはやめたほうがよいでしょう。契約書は、裁判になったときの証拠としての役割もありますが、他方で、裁判前の交渉で紛争解決のための指針となる役割があります。法務担当者としては、交渉が長引いたり、遠回りにならないように裁判例などを踏まえて、適切にドラフトしておきたいものですね。

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