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プログラムとデータと法律用語あれこれ入門〜その1〜

「弁護士さんって、六法全書を全部覚えているんですか?」と、年に1回は聞かれます。弁護士あるあるだと思っていますが、まぁ全部覚えることは不可能ですね。

とはいうものの、弁護士の仕事は、クライアントから話を聞き、法律を適用して結論を出す仕事ですから、話を聞いたときにどの法律が問題になるだろうか、ということは意識的に考えているものです。

慣れてくると過去の経験から即座に回答できるときもありますが、未知の領域の場合には調べなければなりません。わからない点を調べることに個人的にはワクワクするのですが、最近、相談を受けた内容のなかで、プログラムとデータって法律用語でどう表現されているのか、また、一般法や特別法のなかでの法的な位置づけや規制などがよくわからなくなってしまいました。

今回は、IT用語と法律用語の関係を個人的に整理してみようと思います。

民法と刑法で定義される「電磁的記録」とは

一般法である民法や刑法で共通して登場するIT用語は「電磁的記録」です。刑法は7条2項で、民法では151条4項で定義されており、どちらも文言は同じです。

「電磁的記録」とは、電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。


パソコンに保存されている電子データ(電子ファイル)は、パソコンのディスプレイを通じて表示させることができますが、電子データそのものはパソコンなどを使わずして肉眼で読むことができません。「人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録」は、このような意味として整理できます。

また、パソコンにインストールされているソフトウェアも肉眼では見えませんから「電磁的記録」です。ソフトウェア、プログラムなどのカタカナ語はどれも肉眼では見えない記録という要件に当てはまります。

次に目につくのが電磁的記録の定義にある「電子計算機」です。民法や刑法には、電子計算機という定義がありませんでしたが、コンピュータを指す用語として電子計算機という用語が使われているようです(林祐「インターネットの定義」)。

自動車の構造を知らなくても自動車を運転できるように、コンピュータの構造を知らなくても、コンピュータを使えます。しかし、IoT(= Internet of Things)という言葉が浸透し、モノとインターネットが繋がる社会のなかで、何が「電子計算機」に該当し、何が「電子計算機」に該当しないのかは、少し踏み込んで理解しておいたほうがよいでしょう。

コンピュータとはなにか?


コンピュータを技術的に解説している書籍を読むと、コンピュータは、制御機能、演算機能、記憶機能、入出力機能で構成されていることがわかります。「電子計算機」がこれらをすべて備えている必要があるかどうかですが、書籍によっては、入出力の機能は備えていなくでも電気計算機と考えれると述べられています(植松宏嘉「コンピュータプログラム著作権Q&A」18頁(きんざい、改訂新版、2004年4月))。

私見ですが、入出力機能を備えていないコンピュータは、単に電気信号が走っているすぎません。人が利用する前提を欠いており、電子計算機といえるためには入力装置か出力装置のどちらかが備わっている必要があると考えています。もっとも、入力装置、出力装置の双方を備えていないコンピュータは実際に存在するのかどうか疑問ですので、議論の実益がないかもしれませんね。

制御装置、演算装置、記憶装置と入出力装置について

コンピュータの基礎として各装置の内容を押さえておきます。それぞれ以下のとおりです。

制御装置は、記憶されているプログラムの命令を1つずつ読み出して解読し、その命令の内容によって各装置を制御する装置です。

演算装置は、制御装置からの指示に従って算術演算、論理演算、比較などの処理を行う装置です。

記憶装置は、プログラムやデータを記憶する装置です。

入出力装置は、外部装置からコンピュータ内にデータを読み込んだり、書き出したりする装置です。

さて、これらを踏まえて、コンピュータが格納されている機器は、電子計算機ということがわかりました。パソコンやスマートフォン、ガラケー、Nintendo Switchなどのゲーム機は、電子計算機です。CPUプロセッサが搭載されている機器の多くはコンピュータの定義にあてはまることが多いでしょう。

では、USBメモリはどうでしょうか? 市販のUSBメモリは記憶装置ですから、電子計算機には該当しませんね。ハードディスクドライブもそれ単体ではCPUが搭載されておらず、記憶装置のみですから、電子計算機に該当しません。

もっとも、現実的には電子計算機に該当するかどうかが結論を左右する論点になるケースは限られているかもしれません。犯罪の成否を検討する場面ではより緻密に考えることになるでしょう。

小括


ここまでをまとめると、電子計算機による情報処理の用に供する肉眼では見えない記録を「電磁的記録」といいました。ソフトウェア、プログラム、電子データ、電子ファイル、データベースなど、これらはすべて電磁的記録に該当します。

【補足】不正アクセス行為の禁止等に関する法律


知識の整理をしている過程で、いわゆる不正アクセス禁止法で、さらなる定義を発見しました。この法律では、電気通信回線に接続している電子計算機を「特定電子計算機」という定義しています。

電気通信回線は、電話回線、インターネット回線などをイメージするとわかりやすいでしょう。

ちなみに、「電気通信」は、電気通信事業法2条1号により「有線、無線その他の電磁的方式により、符号、音響又は影像を送り、伝え、又は受けることをいう。」と定義した上で、同法9条で、「電気通信回線設備」のことを「送信の場所と受信の場所との間を接続する伝送路設備及びこれと一体として設置される交換設備並びにこれらの附属設備をいう」と定義しています。

つまり、電気通信回線は、有線、無線を問わず、プログラム(符号)、音声(音響)や映像(影像)などの情報を双方向で通信可能なもの、と押さえておくとよいようです。

なお、不正アクセス禁止法では、パスワード認証やその他の技術手段でアクセス制御されている特定電子計算機への電気通信回線を通じた制御回避行為を処罰対象にしています。

「情報」に法的な保護を与える知的財産権

プログラムやデータは情報です。情報は、所有権の対象となるモノから読み取ったり、認識できるものです。

たとえば、書店で本を購入した場合、本はあなたの所有物です。本を読んで情報を得たり、家族や知人に貸したり、古本屋に売ったりすることは、本の所有者として認められています。

しかし、本に書かれている情報そのものは、あなたの自由にはできません。たとえば、製本して販売したり、インターネットに本の内容をアップロードすることは原則としてできません。本に書かれている情報が知的財産権のひとつである著作権によって保護されているからです。

著作権は、創作することによって権利が生じ、法的に保護される知的財産権のひとつです。反対に、知的財産権には国によって登録が認められることによって権利が生じ、法的に保護される情報に対する権利があります。特許権、実用新案権、商標権、意匠権があります。

一定の条件下で、特定の情報が保護される法律もあります。不正競争防止法です。営業秘密や限定提供データがあります。ソフトウェアなどのプログラムや電子データは営業秘密や限定提供データに該当することがあるでしょう。

ここまでをまとめると、プログラムや電子データは電磁的記録であるとともに、情報の一種として知的財産権として保護されるときがあると整理できました。

著作権法における「プログラム」

電磁的記録はプログラムや電子ファイル、データベースなども定義上は含まれます。要するにコンピュータで動かす肉眼では見えない記録ですから、IT用語との関連で整理すると広い概念です。電磁的記録という用語は、一般法である民法や刑法で定義されていましたね。

さらに、特別法である著作権法で「プログラム」という定義が登場します。なぜなら、企業や個人が作成するプログラムが著作権として保護されるときがあるからです。

電磁的記録というプログラムや電子ファイルなどを指す広い概念のなかに、「プログラム」という概念が含まれていると整理できるでしょう。それでは、著作権法2条10号の2をみてみましょう。

プログラムとは、電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう。


電子計算機はコンピュータの意味ですから、コンピュータを動かして、一の結果を得ることができる指令を組み合わせたものとして表現したものと読めます。

一般的な意味でのプログラムと、著作権法で定義されるプログラムとは異なります。まずは一般的な意味でのプログラムを押さえた上で、著作権法におけるプログラムを具体的にイメージします。

ちなみに、プログラムの定義は、情報処理の促進に関する法律にもあります。この法律では、著作権法におけるプログラムの定義とは異なり「表現したもの」という要件がありません。企業法務では、プログラムが著作権として保護される前提で契約書をドラフトしますが、著作権として保護されるプログラムとそうでないプログラムがある点は押さえておくべきです。

まずは一般用語のプログラムの概念を理解する


先ほどのコンピュータとはなにか?で書きました。コンピュータを構成する制御装置(CPUプロセッサ)は、記憶装置に記憶されているプログラムの命令を1つずつ読み出して解読し、その命令の内容によって各装置を制御しています。

一般用語でいうプログラムは、制御装置に各装置を制御するための命令(指令)であり、この命令の組み合わせによって、コンピュータは複雑な動作を実現しています。

たとえば、キーボードの「A」が入力されたら、ディスプレイに「A」と表示するという場合、入力装置から入力を受け取って、演算して、出力するということが行われますが、これらを制御装置が各命令を解析して制御しています。

一般的用語でいうプログラムは、人が書きます。コンピュータが命令を理解できる言語を機械語と呼びますが、人にとっては読み書きしにくいので、プログラミング言語を使って記述します。プログラミング言語にはさまざまな種類があり、たとえばC言語、JavaやPythonなどが有名です。

どのプログラミング言語もアルファベットや記号を使って、決められた規則に従って記述します。これをコンピュタが理解できる符号に変換してコンピュータは動きます。

それでは、プログラミング言語であるPythonを使って簡単なプログラムを書いてみます。

print('Hello World')

実行するとターミナルに「Hello World」と表示されます。ターミナルはプログラムの実行の指示と結果を表示してくれるソフトウェアです。WindowsではコマンドプロンプトやPower Shellなどが該当します。

name = input('あなたの名前を教えてください。')
print('Hello' + name + 'さん!!')

実行すると、「あなたの名前を教えてください」と表示され、キーボード入力を受け付ける状態になります。キーボードで名前を入力するとその名前と「Hello ○○ さん!!」が表示されます。

しかし、上記の例は、著作権法におけるプログラムには該当しません。順をおって検討します。まずは、著作権法におけるプログラムの定義を再確認します。

プログラムとは、電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう。


「一の結果を得る」という意味は、なんらかの意味をもったひとつの仕事をすることができるという意味と考えられています(植松宏嘉「コンピュータプログラム著作権Q&A」19頁(きんざい、改訂新版、2004年4月))。

先ほどのプログラミング例では、「Hello World」という結果や、入力に従って名前を表示する結果が生じました。「一の結果を得る」という定義には該当します。

「指令を組み合わせる」とはどういう意味でしょうか? ここでいう指令には、プログラムの一つひとつの指令です。先ほどのHello Worldの例をみています。

print('Hello World')

これは指令が1つで、2つ以上を組み合わせていませんから、仮にHello.pyという電子ファイル(モジュール)で保存したとしても、著作権法におけるプログラムには該当しません。

name = input('あなたの名前を教えてください。')
print('Hello' + name + 'さん!!')

行数にして2行のプログラムです。なお、1行に複数の命令が記述されることもありますが、これは2つ以上の指令を組み合わせたものといってもよいでしょう。あとは定義にある「表現」の壁を乗り越えられるかどうかです。

プログラムの基本は順次、分岐、反復の組み合わせ

2つ以上の指令の組み合わせを具体的にイメージします。

どんな複雑な処理をするプログラムであったとしても、一般用語として使っているプログラムは順次、分岐、反復を組み合わせで成り立っています。先ほどの2つの例では、順番に命令を処理していく順次です。

分岐は、たとえば、ある数字が10以上ならAの処理、10未満ならBの処理といった具合に、条件で処理が変わってくる処理です。

反復は、ある指令を繰り返す処理です。

「指令を組み合わせる」という意味は、プログラムの基本である順次、分岐、反復の組み合わせから理解するとイメージがよくわかります。

age = int(input('あなたの年齢を教えてください。'))
if age >= 20:
    print('今度、飲みにいきましょう')  
else:
    print('20歳になったら飲みにいきましょう')
    
# このプログラムは、数字を入力しなかったらエラーになってしまいます。

「表現したもの」についての考察

あるプログラムが著作権法で保護されるかどうかの最後の砦です。

著作権法におけるプログラムには、一般用語のプログラムとして指令を組み合わせて記述するだけでは足りず、「表現したもの」でなければなりません。

エンジニアの方にとっては、プログラムを「表現」ってエディタを使ってプログラムを記述して保存することを意味するのかと思われるかもしれません。しかし、著作権法でいう表現は、著作権として保護される表現かどうかという意味です。創作性という要件で解説されています。

この創作性という要件が難解で、専門家によっても個別具体的なケースで判断が分かれてしまうことがあります。

たとえば、時候の挨拶など、定型文などのありふれた表現や極めて短い文章、誰が書いても同じあるものは、創作性が認められず、著作権法で保護されないと考えられています(中山信弘「著作権法」72頁(有斐閣、第2版、2014年10月))。

芸術性の要素を含む小説などと技術的なプログラムとでは創作性の考え方の切り口が異なることは否定できませんが、あるプログラムがありふれた記述かどうか、という観点から、先ほどのプログラムをみてみます。

name = input('あなたの名前を教えてください。')
print('Hello' + name + 'さん!!')

結論から、これはありふれた表現として著作権法におけるプログラムには該当しないと考えます。

pythonの標準ライブラリでは、キーボード入力を受け付ける関数はinput()で記述するしかありません。出力される文章も典型的な挨拶文です。誰が記述しても同じ指令になりがちなプログラムですから、著作権法で保護されないと考えるべきでしょう。

参考になる裁判例として平成元年6月20日東京高等裁判所決定があります(システムサイエンス事件)。理由中の判断ですが、以下の言及は参考になります。

プログラムはこれを表現する記号が極めて限定され、その体系(文法)も厳格であるから、電子計算機を機能させてより効果的に一の結果を得ることを企図すれば、指令の組合わせが必然的に類似することを免れない部分が少なくないものである。したがって、プログラム著作物についての著作権侵害の認定は慎重になされなければならない


次回は、著作権法で保護されないプログラム言語、規約、解法についてさらに知識の整理してみたいと思います。

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