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秘密保持契約で損害賠償の責任限定条項を盛り込むべきか?

はじめに

普段、企業法務をしていると、秘密保持契約をレビューする機会がとても多いです。新人の法務担当者は、最初に秘密保持契約書をレビューして契約審査のデビューを果たす、といっても言い過ぎではないかもしれません。

秘密保持契約書は、英語で「Non-Disclosure Agreement」といい、通称NDAと呼ぶことが多いですね。この記事でもNDAと書くことにします。

秘密保持契約の存在意義

日本語に直訳すると非開示合意ですが、そもそも自らが手に入れた情報は、法に触れない限りは自由に使ってよいのが大前提です。法に触れない限りというのは、たとえば、ある情報の利活用が

・不正競争防止法に違反する
・個人情報保護法に違反する
・プライバシー権を侵害するなど不法行為が成立する

などといった場合です。

企業がビジネスを円滑に進めるにあたって、他者との情報のやり取りは必要不可欠ですが、他者に知られていない情報が価値を生むことがあるように、秘匿性のある情報はビジネスの根幹とも言って良い存在です。
秘匿性のある情報を他者に開示しなければならないときに、契約によって相手の利活用を制限し、自社のビジネスを守る、これがNDAの存在意義と言えるでしょう。

損害賠償の責任限定条項

ところで、業務委託契約などでは、受託者側が損害賠償に責任限定条項を設けることがあります。たとえば、以下の条項です。

第 XX条(損害賠償責任)
委託者又は受託者は、債務不履行責任、不法行為責任、法定責任その他法律構成の如何を問わず、本契約に関して相手方に損害賠償責任を負う場合、相手方に対し、本契約で定める業務委託料の範囲において、相手方に直接かつ現実に発生した損害のみ賠償する責任を負う。

受託者が納期までに仕事を完成させられなかったときや、受託者の不適切な行為によって委託者に損害を生じさせた場合に損害賠償責任が生じる条項ですが、その損害賠償額を業務委託料に限定する条文です。

システム開発業界で広く浸透している条項で、システム開発委託契約(業務委託契約の一種)では、損害賠償の上限条項として盛り込んでくるベンダーがほとんどです。

NDAに損害賠償の責任限定条項を盛り込んでほしい

ここ数年、ベンダーを相手にするときに、秘密情報の受領者側からNDAについても損害賠償の上限条項を入れてほしいと打診してくるケースを見かけます。また、社内からも取引先から受領したNDAに損害賠償の範囲に上限が設けられていないが大丈夫か?という問い合わせを受けることがあります。

はたして、開示者側から受領したNDAのドラフトに対して、受領者側のリスクヘッジを図るためにNDAに責任限定条項を入れてカウンターすべきなのでしょうか?

特に、社内の担当者から損害賠償に上限を加えてほしいと打診されたときは、法務担当としてどう対応すべきか悩ましい状況に陥ることも少なくありません。

損害賠償責任限定条項を受け入れられたことがない

最初に結論から述べますが、受領者側からNDAの損害賠償に責任制限条項を加えて開示者が応じてくれたことはほぼ皆無でした。

ちなみに、取引を検討する前段階のNDAでは、業務委託契約書のときのように「業務委託料を上限として」という文言が使えません。たとえば、一案として、以下のように具体的な額を定めることが考えられます。

第 X条(損害賠償責任)
受領者は、本契約に違反して開示者に損害賠償責任を負う場合、開示者に対し、金XXXX円を上限にその責任を負うものとする。ただし、受領者に故意または重大な過失がある場合にはこの限りではない。

具体的な金額として。100万円、300万円あたりの金額を入れることが多いですね。金額は企業規模や事案によるでしょう。しかし、このようなドラフトに対して、相手からは以下のような反応が返ってきます。

・万が一、秘密情報の漏えい事故が起こった場合、損害賠償額がいくらになるのか不明確なので、具体的に損害賠償の上限を設けることは開示者にとって不都合である。
・民法のデフォルトルールでは損害賠償の責任を限定されていない。
・NDAでは違約金として具体的な損害賠償額を定めることはあっても、損害賠償責任を限定する方向でのドラフトは受け入れられない。

感覚としては、一つ目の理由を返してくる法務担当者が多い印象です。いずれにしても、損害賠償の責任限定条項の追記に固執するあまり、検討前のNDAから交渉がとん挫してしまうこともあるので、秘密情報の受領者は、何がなんでもNDAの損害賠償条項に上限を設けたほうがよい、とはいえないでしょう。

違約金の条項と損害賠償の責任限定条項の違い

過去に、法務担当者がうっかりドラフトしてしまうことがあるので、備忘として書きますが、損害賠償額に上限を設けることと、違約金を定めることは法的に意味合いが異なります。たとえば、以下の2つの条項案は前者が責任制限条項ですが、後者は違約金の条項です(条項の見出しはあえて同じ文言を使用しています)。

第 X条(損害賠償責任)
受領者は、本契約に違反して開示者に損害賠償責任を負う場合、開示者に対し、金300万円を上限にその責任を負うものとする。ただし、受領者に故意または重大な過失がある場合にはこの限りではない。
第 X 条(損害賠償責任)
受領者は、本契約に違反して開示者に損害賠償責任を負う場合、開示者に対し、違約金として金300万円を支払うものとする。
2 前項にかかわらず、開示者に前項の違約金以上の損害が生じた場合、受領者はこれを賠償しなければならない

秘密情報を受け取った受領者が、過失によって情報漏えい事故を起こしてしまい、開示者にその対応コストとして500万円がかかった事案を考えてみましょう。

前者の場合、受領者は300万円を限度に賠償することになります。開示者としては、情報漏えい事故は受領者の重過失である、と争って交渉していかざるをえません。

後者の場合、受領者は、300万円の違約金の支払いに加えて、填補されなかった賠償額の200万円についても賠償しなければなりません。

当然のこと、と思われるかもしれませんが、両者が区別されていないあいまいま条項をときどき見かけます。ある契約書のドラフトを交渉した末にひな型化されたようなケースでは、法務担当者や弁護士がきちんとレビューしておかないとうっかり自社に不利な契約を結んでしまうことになりかねませんね。

ちなみに、違約金の定めは、民法420条がもとになっています。

(賠償額の予定)
第420条 当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。
2 賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。
3 違約金は、賠償額の予定と推定する。

情報漏えい事案を問わず、契約違反が起こった場合の損害賠償額の立証は困難を伴います。そこで、開示者側がスムーズに契約違反の追求や損害賠償請求ができるように違約金を定めるケースもあります。

また、具体的に違約金の額を定めることによって、受領者を牽制する狙いがあります。従業員など個人を相手にする秘密保持条項には、違約金条項を入れておくと実効性が高まるといえるでしょう。

まとめ

・秘密保持契約では、受領者が損害賠償責任を限定する条項を追記しても、ほぼ断られることを念頭におくこと

・違約金と責任限定の条項は法的な意味合いが異なるのでレビューする際には条項をきちんと精査すること

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