【虎に翼 感想】第121話 理想を強く持つということ
昭和45年7月。ここのところ桂場は、笹竹を訪れていなかった。
多忙なのはもちろんだが、寅子と顔を合わせないようにしているのかもしれない。
そんな笹竹は、“家族のようなもの” を象徴する、以前にも増して温かみのある場所となっていた。
最近では家庭裁判所の補導委託先として大五郎という名の少年を預かり、一人前にすべく修行をさせている。
さらには優未も雇ってくれた。大学院時代にバイトすらしていなかったのであれば、優未にはまず働く経験が必要だ。兄みたいなもんの道男と母親の友人の梅子がいる笹竹なら安心である。
その後、優未は雀荘での仕事を見つけてきた。ちょっと心配ではあるが……寅子も航一もよく我慢した。ここで口を出してしまっては、優未は自分で物事を決めるのを諦めてしまうところだった。麻雀教えたの自分たちだし。
実物の寒河江幹事長が登場した。1年前の裁判所への調査特別委員会の設置は、桂場をはじめとした司法の反発により失敗に終わったが、それで終わらないのが政権与党の幹事長なのである。
いよいよ、“挨拶” と称して最高裁判所の桂場長官の元へ自らやってきたのであった。
幹事長がわざわざ出向くのは、あまりないことなのでは。桂場だったら呼び出されても断固拒否していそうだし。
ヒャンちゃんは、原爆被害に遭った朝鮮、中国、台湾の人々の支援を弁護士としてのライフワークとすることを決めた。
新米弁護士のヒャンちゃんが行うには難しい仕事だ。一般的には寅子のようにどこかの法律事務所に勤めて経験を積むのだが、このライフワークを仕事の軸にしようとするヒャンちゃんを雇ってくれる事務所は少ないと思われる。
だから汐見が裁判官を辞めて、一緒に事務所を開設することとなったのだ。きっと事務所名は “汐見法律事務所” だ。
薫も法曹の世界に入るべく勉強を始めた。きっと3人は、日本に暮らす外国人を救う法曹の先駆者となるだろう。
美位子の裁判は、高等裁判所の控訴審では、一審が覆り実刑となっていた。
その可能性は山田よね代理人、轟代理人も想定していたことだから、すぐさま最高裁判所へ上告した(参考:上告提起と上告受理申立て)。
両代理人は依頼者に対して、期待させる説明だけに終始しない。受理されるかは分からないというリスクもきちんと説明する。
そんな山田轟法律事務所には、ひっきりなしに相談が寄せられる。
就職内定した青年が、突然、内定取り消しとなってしまった。
たびたび実家を調べにくる人たちがいた……在日朝鮮人の問題なのか、部落問題なのか理由は明かされていなかったが、さまざまな差別問題に苦しむ人たちが、原爆裁判を戦った山田轟法律事務所を頼っているのだろう。
相談者を見送り、忘れないうちに相談内容をまとめている姿は、いつの時代の弁護士も変わらない。
懐かしのカフェー燈台のマスター……今の姿を見ていると忘れそうになるが、よねもあのドアを開け、階段を降りた場所にいた人物に救いを求めたのだ。
よねは、弁護士としての理想像をマスターに見ていたのかもしれぬ……相談に来る人は皆、心配事があって事務所までやっとの思いで来て、ドアを開けるまで不安なのだ。震える足で階段を降りてくるかもしれない。その不安な表情をよね(と轟)は下からしっかりと見据え、迎えてあげているのだ。
相談者はきっと、帰り際に階段の上から挨拶するときの表情は違っているだろう。落ち着いた顔を見せているかもしれないし、さらには笑顔も見せているかもしれない。
その人たちのために最善を尽くしたいと、壁に書かれた憲法第14条を前に誓う二人なのだ。
しかし、法曹者が理想を強く持ちすぎると、当事者が置いてきぼりになる危険性もある。
美位子のあっけらかんとした感じはちょっと心配でもあるのだ。裁判を “憲法違反” で争うと言われても難しい話だろうし、とにかくよねたちに任せているという感じだった。
昭和45年10月から始まった少年法の法制審議会は、初めから改正ありきだった。それに家庭裁判所側は強く反発する。
多岐川がこの場にいないことが本当に残念だ。久藤が東京家庭裁判所長になったのは多岐川が病気になったからだと推測しているが、多岐川だったら寅子以上に強く反対意見を言ってくれるはずだ。
久藤の物腰のやわらかさからくる調整能力は、この場ではマッチしていないように見える。だから寅子が矢面に立ってしまっているではないか。
笹竹はコーヒーも出すようになっていた。ぐったりしている寅子に団子を出してくれる道男の優しさ、修行に励む大五郎くんの頑張る姿……今まで家庭裁判所がしてきたことは間違っていたというのか……
家庭裁判所の人たちは多くの案件を見てきている。それは、家裁が関わって更生が上手くいった例もたくさん見ているということだ。
だが一般の人たちはどうだろうか。更生した例など見たことがなく、自分や家族などの大切な人が少年犯罪の被害にあっているとしたら、処罰感情が強くなるのも自然なことだ。家裁と一般人の認識に齟齬ができている可能性は十分にある。
“愛の裁判所” の中にいる人の認識は、もしかしたら既に内向きになっていることはないだろうかとも思ってしまった。
日本国民から起こる厳罰化の流れ。1票を持つその人々の声を政治家は大切にする。寒河江と桂場は、長官室という密室でどのような話し合いをしたのだろうか。
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「被告人にも権利がある」
勉強会での朋一の発言は、少年犯罪の厳罰化の考えに逆行しているように思えた。意見書を出す動きが出始め、若手法曹の上げる声は徐々に大きくなっているのだ。
そんな朋一の家庭裁判所への異動が急に決まった。妻子の待つ自宅にまっすぐ帰ることもできず、自然と実家へ足が向いてしまったようだ。
朋一だけではない。勉強会に参加していた若手裁判官が何人も、地方の支部への異動が決まったのである。
明らかに桂場の独断だが、寅子が新潟地家裁三条支部に異動になったときとはわけが違う。あのとき桂場は、寅子に家裁だけでなくさまざまな案件に携わらせ、経験を積ませるために異動させたのだ。
「家裁の仕事を軽視するつもりはない」
「僕は、与えられた場所で仕事をこなして、成果を出す。どこに所属しているかで考えを曲げない」
勉強会の本質をつく重要な話だ。
現役合格した星家の3代目が開く勉強会に集まる若手裁判官たちは、皆、それなりにエリートの部類に入るはずだ。
エリートの若手裁判官という立場を受容して掲げる理想や理念を、どの裁判所に行っても掲げ続けることができるのか。最高裁判所から家庭裁判所、都心の裁判所から地方の裁判所へ異動したとしても。試されているといえばまだ聞こえはいいのだが……気持ちが萎える者と強がる者との分断が生まれることは想像に難くない。
寒河江の口から若手法曹の動きを危惧する話が出ていた。
桂場は、何かと引き換えに若手を遠ざけたのか。寒河江から距離を置かせるための判断だったのか……
「虎に翼」 9/16 より
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