見出し画像

【虎に翼 感想】第125話 桂場の根本は何も変わっていない


桂場の根本は何も変わっていない

桂場は、花岡の妻、奈津子から購入した絵をずっと飾っていた。人事課長から出世して部屋が変わるたびに外し、新しい場所に持って行っていた。
その絵は今、桂場の席の真正面に飾られている。

竹もとで “司法の独立” を宣言したあの頃から立場は変わったものの、根本は何も変わっていなかったのだ。だが理想を行使する方法が間違っていて、「間違っている」と止めてくれる人たちは、先に逝ってしまうか、自分から遠ざけてしまっていたのだ。

桂場の理論は破綻していた。少年犯罪の増加、道徳心の欠如、家族の崩壊の危機が尊属殺重罰規定の冷静な議論を妨げる。法の領域を犯すことになるというのだ。
人は間違いを犯し、だから法がある。法について考えるときは万全のときを選べと。

いつになったら万全になるというのだ。法と道徳は交わらないのが大前提ではないのか。人は間違い続ける生き物なのだ。その都度、声を上げていかなくてどうするのだ。

「机上の理想論」
総力戦研究所での過ちを二度と繰り返したくなかった。あの頃、国の決めた戦争によって多くの犠牲者が出た。このままだと、国の決めた法律によって人権蹂躙(=憲法違反)が放置されてしまう。

「たとえどんな結果になろうとも、判決文は残る」
航一は、穂高教授が少数意見を述べた裁判記録を何度も読み返しただろう。あのとき教授が述べた意見は、教授亡き今も判決書としてずっと残っている。

……このまま論戦が続いても、桂場は引くに引けず、意見は覆らなかったと思われる。
あの戦争では、多くの人が血を流し無駄死にしたが、航一は鼻血を流すだけでは終わらなかった。

「遅い!入れ!」
文字通り、しびれを切らした桂場にいきなりドヤされる寅子である。ふくらはぎ思いっきり揉んでやればよかったのに。

決別したと思われていた二人だったが、再び話をすることができたのは幸いだった。
寅子の話で、桂場と出会った日のことが思い出される。優三さんに弁当を届けるために明律大学に行き、「女性は無能力者」であるとの講義がなされていた日。寅子が初めて法律の授業に触れた日でもあったし、初めて “はて” を発動した日でもあった。
桂場も思い出したのではないだろうか。

寅子にも自分が古い側に回っていた自覚があったようだ。さまざまな出来事が過去となり、遠い記憶となっていたのかもしれない。
若い裁判官が受けた傷を、心が折れた朋一を通して感じることにより、自分の心が折れたときのことも思い出した。明律大学で倒れ、穂高教授に雨垂れのひとしずくの道を説かれ、今の私の話をしてくれと叫んだときのこと。あの場には桂場もいたのだから。
あの日桂場は廊下でずっと待っていてくれたし、寅子は知らないとはいえ穂高教授にも意見してくれていた。
航一を介抱する桂場の姿は、あの日と何も変わっていないのだ。

寅子と桂場の不可侵の関係。自分の知らない寅子を桂場は知っている。それは航一にとっては嫉妬に値することだ。

寅子と航一が長官室を出て行ってから、桂場はあらためて絵をじっと見据えていた。

・・・・・・・・・・・・
帰宅すると、朋一ものどかも集まっていた。朋一がすきやきをごちそうする。
朋一が前向きになっていて安心した。美味しいものを分け合うと幸せになる。優三さんと夫婦だった頃も含めて寅子は寅子なのだ。

昭和47年4月、美位子の裁判は上告が受理され、最高裁判所の大法廷で審理が開かれることが決定した。


東京家庭裁判所を訪れる並木佐江子

寅子が先日、審判を担当した並木美雪の祖母、佐江子が訪れてくる。少年たちと密に接する調査官の音羽は、顔を見てすぐに気が付いたが、審判でしか顔を合わせない寅子はピンとこないようであった。

そこで知らされる事実……佐江子は、森口美佐江の母親だった。つまり並木美雪は美佐江の娘だということ。

佐江子が並木姓になっているということは、あの森口父と離婚している可能性が高く、美雪は佐江子と養子縁組したのかもしれない。仮にそうだとすれば、理由はきっと美佐江なのだろう。

美佐江は、美雪が3才の頃に車にはねられて亡くなっていた。美雪が大事に持っていた古びた手帳は、美佐江が自分の思いを書き留めていたものだったのだ。

美雪
愛してあげられなくてごめんね

私はたしかに特別だった
私が望めば全てが手に入った
全てが思い通りになった
盗みも体を売らせることもできた
けどこの東京で、私はただの女にすぎず
手にひらで転がすはずが、知らぬ間に転がされていた
次々に沸く予期せぬことに翻弄された
身籠れば特別な何かになれるかと期待したが無駄だった
私の中に辛うじて残る「特別な私」が消えぬうちに消えるしかない

あの人を拒まなければ何か変わったのか?
あの人は私を特別にしてくれたのだろうか?

美佐江の慟哭

美雪が昭和31年6月25日生まれなことからすると、美佐江は22才で出産、東京大学在学中に妊娠していることになる。
戦後、女子に門戸が開かれた東京大学に昭和28年に現役合格し、華々しく新潟を発ったはずの美佐江に、一体何があったのだろうか。

8/6の記事を見返してみたら、“庇護の傘” と表現していた。
あの頃の美佐江は自信があった。地元の名士の娘として一目置かれ、学力も高く、外見も優れている。父親は自分を溺愛し、何があっても守ってくれる。どこに行っても自分は特別で、ミサンガを利用して周囲の人間を思いのままに操っていた。

ミサンガを配りまくった結果、その価値は下がり、東京に着いた頃には安値となっていたのだ。

上京して法律を勉強し始めたら、新潟で見限ったはずの佐田寅子は思いのほか高い壁だったことに気が付いたかもしれない。

森口父が、溺愛する娘をよく東京へ行かせたなとは思っていた。地元の大学に行かせて地元の有力者の息子とでも結婚させそうなものなのに。森口父は、優秀な美佐江のことを “男だったらよかったのに” とでも思っていたのだろうか。結果、当の美佐江は東京に出て自分が “ただの女” であることを痛感させられてしまったのだ。

だからといって、「愛してあげられなくてごめんね」などと書き記してよいわけがない。

優未は、お腹がギュルギュルになるところがパパと同じだと知ってうれしかったし、何よりもお守りの中の遺言で、父親から愛されているという自信を得たのだ。
汐見薫だって、母親と性格が似ていると言われてうれしそうだったし、朝鮮の作法を知ることで自分のルーツを感じていたではないか。

もし……仮に美雪が佐田寅子に会うために事件を仕組んだのだとしたら……母親の手帳に書いてある出来事をなぞることで母親を感じたいと思っているのだとしたら……とても悲しいことだ。

佐江子がわざわざ訪れてきたということは、助けを求めに来たということなのだろうか……新潟に置いてきたものは見つけられるだろうか。


次週予告

「今変わらなくても、その声がいつか何かを変えるかもしれない」
女性だけでなく、さまざまな人の苦しみを描いてきた本作が、今一度、女性の苦しみに向き合う最終週となるのでしょうか。


「虎に翼」 9/20 より

(昨日の記事はこちら

(マガジンはこちら ↓↓)


この記事が参加している募集

早いもので11月ですね。ともに年末まで駆け抜けましょう!!