自分という安いヤツのお話
俺のことね
前から自分は博打してるんですよ。
それはピアノソロと称されてしまうキーボードソロで曲を出すとどうなるか
ピアノソロ→生ピアノだから世間の耳慣れ
キーボードソロ→音硬い、安い、世間的にも耳には不慣れ
ここで伝えたいのは自分の身近なリアルを背伸びしてまで格好つけたくないってこと。自信があるか無いかじゃない、それがリアルの自分、その時その瞬間に認めた自分を後にも否定したり後悔したくないからです
俺は昔からキーボードソロを弾いてきた、その中でどれだけ魅せれるか、デメリットの方が多いんですよ、だからやるんです
配信や流通する時もライナーノーツに何を書くか問われたりもありましたが、決まって書かれる、または書かなきゃならないのは鍵盤一本で曲を作って出すとピアニストにされがちなこと、キーボディストの認知が低いから
なーらやってやろうじゃないのー
の1人。
もう一度言う。デメリットの方が俺は多い。楽譜、コードも読めん、わからん。
指使いも汚い硬い、頭の中の音のファイル達はボケたら終わり、ピアノソロだと思って聴いた人が「生ピじゃないんだ」「音が硬い、安い」とも言われる、ジャズでもないクラシックでもないバラードでもないと言われ一貫性がないからアルバムをNew Ageに置かれたり、もっとある
それがワシです(°-°)🥦
批判も厳しいご意見もありました
じゃあなんで出すか、それは世間がその認知を避けがちだから、でも自分で自分を避けたくないからだよ
突っぱねられて、隅に追いやられて、出口を求めても出口がなかった。ピアノが好きで、曲を作っても、仕事にするには楽譜やコードの理解は必要な時代を生きてきた。今みたいに便利でもなかった。
もがいて苦しんで、頼れる師もなく、自分のみで模索して自分で答えを出す。
自分のスタイルを持つとはそういうことになる。自分で動かなきゃなんもならない。
気休めは言わないよ、格好つけるつもりもないです。寧ろ格好つけたくてもダセーとなったこともある、ただ、心にモヤがあるならそれでも諦めない方がいい
人のせいにもしない、自分のせいにもしないようにするには自分で作り出しトライし続けること
音楽に限ったことじゃなくても、この気持ちがわかる人に届いてくれたらいい
最後に。
自分でいるために、自分の居場所のために、あわよくば共感され認められたらいいなという希望を力にトライしてやるんです
高みを目指しすぎて自分を失いすぎないで、時にその瞬間を認めて、褒めて、戦うこと、勝敗があったとして結果がどちらでも、自分には打ち勝ってるから次にいける
勝利の報酬は
その先恥ずかしいことしたな…♪と老いで感じる反面、でもこんなこと真剣にやったなと、自分を甘くもほろ苦く感じて大切にできることです。
なんもしないまま後悔するより、自分のために証を残せ、例え否定されても、トライした事に自信を持て
自分であるために
ありのままの自分で生きるために
宣伝じゃなくて真剣に
今回出す曲のgamblerはそんな自分だからです
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