花嫁の父を気持ちよく送り出すために

タクシー

今日はフジテレビでお仕事。普段からテレビ局ばかりで仕事をする売れっ子芸人はこんなことを言わない。だから許してほしい。フジテレビでお仕事だったんだ。と言っても番組打ち合わせだけれども。尚のこと許してほしい。フジテレビでお仕事だったんだ。

打ち合わせを終えた僕は、お買い物へ。お台場には"ビーナスフォート"という商業施設があり、その中にどでかいニトリが入っている。「そういえば、棚が欲しかったなぁ。あ、ライトスタンドも欲しいなぁ。あ、そうだ!ポットも欲しかったんだ!」などと思いながら買い物をしていたらとんでもない荷物量になり、とてもじゃないけど電車では持ち帰れない重量になってしまった。よって、タクシーに乗ることを決心する。労力とタクシー代を考えても配送にすれば良かったのだが、少年時代から買ったものはすぐに開封しなきゃ気が済まない性格なので持ち帰ることにした。

ニトリからタクシー乗り場までも、延300mくらいの距離がある。何度も荷物を下ろし、休憩しては歩きの繰り返しで、梅雨時の雨にまみれ、汗だくになりながらも何とかタクシー乗り場まで辿り着いた。

タクシーの窓をノックすると、運転手さんがこちらに気づき扉が開いた。気の優しそうな、ツルツル頭の60代は後半かな?くらいのおじさんの運転手だ。僕は「すみません、トランク開けてください」と言うと「はい?」と聞き返されたが、鍛え抜かれた腹筋による腹式呼吸法で「ト・ラ・ン・ク!」と言うと「はーい!」と、これまた優しそうな声で返事が来た。僕は重たい荷物をトランクに入れ、タクシーへと乗り込んだ。

ここから目的地までは高速に乗れば20分ほどで到着する。モットーが"タイムイズマネー"の僕はもちろん「恵比寿方面で。そこからまた言うので、高速に乗って下さい!早い行き方でお願いします」と言った。運転手さんは「え?」と聞き返した。コロナ禍のこの時期は、ビニールシートが運転席と後部座席を挟んでいるため聞こえないのだろう。僕は再び言う。「恵比寿方面で!高速に乗って下さい!」と言うと。運転手さんは再び「え??」と。違う。シンプルに耳が遠いんだ。僕はまた必殺腹式呼吸で「恵比寿方面!急いでます!高速乗ってくだい!」と言うと、「恵比寿ね!はい!わかりました〜!」とようやく目的地を伝えることが出来た。(住んでるところバレない?と言う心配コメントが来ることが想像つくので先に言うと、恵比寿方面ってだけで、恵比寿に住んでるわけでは無いのでご心配なく。)

イライラは頂点に

タクシーは走り出した。低気圧のせいか、重たい荷物を運び終えた達成感からか、とにかく眠い。僕はすぐに目を閉じた。最終目的地を詳細には伝えてないので、意識と時間の感覚は残しつつ、リラックスするために目を閉じる。10分ほど経った頃だろうか。運転席から「あ!やっぱり違ったかぁ。」と聞こえた。嫌な予感がした。目を開けた僕の目の前には【羽田空港】の文字が。目的地とは反対方向だ。僕は思わず大きな声で「え!?」と言う。運転手さんがすかさず「そうなんですよ!」と。違う違う、そうじゃ、そうじゃな〜い。鈴木雅之になろうにも、イラッとしてしまってなれなかった。「どこに向かってます!?」と僕が聞くと「恵比寿ですよね?逆ですね!やっぱりなぁ〜」と帰ってきた。やっぱりな!?いや、まず「すみません!」が先だ。あんたはプロだ!プロがミスってんだ。これは僕の4歳の甥っ子でも言える。続けて僕は言う。「なぜこうなったんですか?」すると、「急いでますか?」。この人全部違うぞ!急いでなかったら「じゃあいいですね!」とでも言おうとしたのか!?僕の怒りは頂点に達した。が、どれだけ怒ってもここから恵比寿にワープできる訳では無い。元々ものすごく短気だった僕も、今では"メンタルトレーナー"の資格を持つ。ここでメンタルをセルフコントロール出来なければ、誰かにアドバイスする資格なんか無いと思い、とにかくここからポジティブシンキングをするように心がけた。ポジティブ要素なんてものは探せばあるものだ。が、この後、今日は早寝しなければいけない妻との晩飯の約束があるし(当然もう約束の時間には間に合わない)、YouTubeを見ようにも車酔いしてしまうので見られないし、いつもお台場から乗るレインボーブリッジからの景色も道を間違えているために見られない。、、、ポジティブ要素がない。僕の怒りはさらに加速した。「探せ探せ、今の状況で良いことを、この人の良いところを。」冒頭でもあったように、この人は「優しそう」だ。これだ!もう嘘でもいい。妄想するんだ!ここから僕の妄想は始まった。

明日、娘さんの結婚式なんですね

僕の中でこの運転手さんはこの瞬間から『明日娘さんが結婚する、幸せと寂しさに溢れたお父さん』になった。

娘さんはお父さんが大好きで、小さい頃から親子でドライブで色んなところに行った。娘さんは大学進学とともに一人暮らしを始め、そこからこのお父さんは奥様と2人暮らしに。長年勤めた銀行を定年退職もして、娘さんが家にいない寂しさもあり、娘さんとよくしていたドライブを思い出しタクシー運転手になることに。若い女性を乗せている時は、娘さんのことを思いながらの安全運転。自然と笑みを浮かべながらの走行。
明日は娘さんの晴れ舞台のため、18時に乗せた僕が最後のお客さんだ。今日は気持ちよく仕事を終えて欲しい。「昨日仕事ミスったんだけど、お客さんが優しくてね。神様が、娘の前でも笑顔にいるようにって、言ったんだろうね」と、結婚式の朝に奥様と会話をするのを想像しながら心を沈めた。
なんかちょっと泣けてきて、優しい気持ちになれた。完全に作戦成功だ。1時間もの時が経っていた。もう一度言う。普通に行けば20分で着く。すると運転席から「多分こっちの方が早いな」と。嫌な予感がするぞ、、、。人間は優秀だ。予感は当たる。近道をしようと運転手さんが曲がった道は、工事中で片側車線になっていた。大幅タイムロス。先ほどまでのほっこり偽エピソードが崩れかけたが、そこはメンタルトレーナーの僕、明日の結婚式に娘さんが、小さい頃お父さんといった海老SAでのキーホルダーを大事に持っていた。というエピソードを足して、なんとか持ち返した。目的地まで、すぐそこだ。もう少しの辛抱だ。すると運転手さんは口を開いた。

「あのぉ〜、料金なんですけど、どうしましょうかねぇ」

先程までの僕の妄想は消え去った。

「どうしようじゃないでしょ!払えって言えばもちろん払いますけど、それは運転手さんが決めて下さいよ!責任転換しないでくださいよ!けど、普通メーター回しっぱにします!?」

久々、他人に声を荒げてしまった。その瞬間娘さんの顔が浮かんでしまったが、いやそれ俺が作り出した娘!!と脳内で訂正した。

運転手さんは少し慌てた様子で「オッケー!お金要りません!」

結局お金は支払わないことになった。しかし、ラッキーなんて思わない。僕はタイムイズマネーマンだからだ。でも、今こうやってブログを書いているように、芸人はこういう腹が立った話もトークの一つになるのでまぁいいかと思っていたらようやく家に到着した。降りる際に、このトークをする際に「◯◯のおやじ」と名前も込みでトークしてやろうと思い、助手席の前にある名札を見た。

その名札の上に、青いプレートが足されてある。そこに書いてある文字。

『優良運転手』

どこがやねん!!怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒

自動で閉まる扉を手動で力の限り閉めてやった。


メンタルトレーナー、コントロール出来ず。終わり。

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