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8月17日の水槽「水槽のある部屋」(全編無料)

※今週は、ずっと水槽と文章でいこうと思います。


22歳の部屋

 初めて一人暮らしを始めたのは、22歳の時だった。
 大学を出て僕はプログラマーに就職した。
 なんとか、当時は新卒にしては給料がいい方だった。
 窓辺に小ぶりな衣装棚を置き、その上にコップを少し大きくしたぐらいの水槽を置いた。小さな金魚と一緒に暮らした。小指よりも小さい金魚を2匹飼った。卵の産み方を同僚から聞いて、毎日のように朝、挨拶して家を出た。
 一人で暮らして1年が過ぎた頃。
 あなたと出会った。
 部屋に来たあなたは、金魚を見てエサをあげてもいいか聞いた。
 この人なら上手く行くと思った。


44歳の部屋

 二人で眠る寝室には、水槽を置くことにした。
 美しい熱帯魚が、部屋の中に彩りを与えてくれた。
 二人でみたいからと壁にかけたホームシアター用のスクリーンは、一度も使わなかった。
 私は、転職してAI技術を活用した会社に入った。
 家にいる時間は少なくなった。
 あなたが癌だと知ったのもその時だった。
 そう、そのことを話した日も部屋には水槽があった。

66歳の部屋

 私は一人になった。
 あなたの名残として、枕はいつも並べている。
 もはや、生き物を飼うことは、効率の悪いことと考えられることに世界的になってしまった。食費も大変だし、死ぬのも大変だ。おかげで、金魚1匹がとても高級品になってしまった。
 だから、壁に生みこまれた水槽に、専用の注ぎ口から水を入れて、AIがランダムに生み出す魚を毎日見る。組み合わせは数千億あるそうだ。今日も観たことの無い魚たちが泳いでいる。
 定年退職して1年。
 最近、昔のことばかり、思い出す。
 なのに、大事なことはいつも思い出せない。
 初めてあなたが来た日のこと。
 何があったのか?
 どんな会話をしたのか?
 思い出せない。
 でも、断片だけは残っている。
 匂いのように、風のように。
 水槽を見ると、小指よりも少し小さな金魚をAIが作っていた。
 私は何故か泣いていた。
 
 
 
 

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このマガジンは毎日、AI形成のイラストが更新されます。 主に美しい魚たちですが、時々、川や海に住む生き物も遊びに来ます。

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