羽豆岬の波
会社から少し遅い盆休みをもらった。
3日あるから、どうしたものか、と思っていたが、愛知県の南端にある羽豆岬に行くことにした。
SKE48に縁のあるところだ。
以前、僕は最後に観たい風景の一つとして、羽豆岬の海を思い浮かべたことがあった。それを思い浮かべた時は、かなり人生に行き詰っていた時だった気がする。今年の春のことなのに、まるで、遠い昔のことのようだ。
今回は、写真を多めに旅の記録を書いていきたいと思う。
8月29日の朝。
まず、家を出る前にどんなものを持って行くか考えた。
色々迷ったが本は「82年生まれ、キム・ジヨン」と小林秀雄の「ゴッホの手紙」を持っていくことにした。
今日は電車での移動が多いから、じっくり読書が出来るのが嬉しい。
服は、丁度、朝に届いた五十嵐早香の生誕Tシャツだ。
京都に向かう近鉄線の電車の中で、昨日ことをぼんやりと思い出した。
丁度、前日に会社に残るかどうか、上司と話し合った後だった。
若いクリエイターの為に社内起業したい、たとえそれが数年前に失敗したことのあるプロジェクトだとしても、今はそれが必要な土壌が揃っているということを話した。9月の前半に今度は更に上のレベルの上司に事業書をチェックしてもらう予定だ。
京都駅に着くと、人が溢れていた。
少しずつ生活が元に戻っているのかもしれない。
でも、別にウイルスがなくなったわけじゃない。
毎日、この国で感染者が出ている。
みんなが慣れてきたり、習慣化したりして、忘れているだけだ。
こちらが忘れても見逃してはくれないんだろうな、と思いながら、新幹線のチケットを買った。
新幹線に乗る時は、ワクワクすることが多い。
僕が一番好きなの席は、窓側E席で、小さな窓から今まで見たことの無い景色が流れていくのを見る時間が楽しい。
本の方は「82年生まれ、キム・ジヨン」で、だんだんこの本が韓国で大ヒットしたわけが分かってきたところだった。女性への扱いの軽さは韓国だけでなく、日本もそうだろう。男だからとか女だからではなく、人間として大事にしたい、と思った。
名古屋に着いた。
久しぶりの名古屋駅だ。
ふと、次にどこで乗り換えるんだっけ、とスマホを開いて調べる。
外に出ると京都よりは、涼しい感じがした。
そういえば、SKE48関連以外で名古屋に来るのは仕事で来た2013年以来かと思う。
乗り換えて内海駅を向かう。
目に見える風景が変わってくる。
都市部から、のどかな田園地帯や住宅地に変わっていく。
本を読み終わったので、スマホのミュージックプレイヤーで音楽を聴く。
旅に出る時は、なるべくイヤホンをしないことにしている。
土地の声や音を聞くのが好きだからだ。
でも、旅に合う音楽を探すのも楽しいのだ。
やがて、内海駅についた。
一緒に改札を出た若者の団体はサーフボードを持っていた。
駅には野良猫たちが身体を休めていた。
若い頃の僕だったら、駅に住む野良猫の一生を考えるだけで2時間はつぶせたと思う。
海っ子バスに乗って、羽豆岬へ向かう。
以前、海っ子バスに乗った時は、メンバーのサインが書かれ、モニターからは南知多に関する謎の歌が流れていたが、今回はどちらとも違うバスだった。
バスから見える海の風景が美しい。
避暑に訪れた人々がテントやパラソルを開いている風景が夏を感じさせる。
僕は奈良県という内陸部に18年ほど住んでいるので、海に来るとテンションが上がる。もともと愛媛県宇和島市という海に接した場所で生まれて18年間過ごしていたので、故郷のことも少しだけ思い出す。
バスが羽豆岬についた。
トイレがある船の待合所では、必ず2階のトイレを利用することにしている。何故なら、人がいないからだ。
まずは、羽豆神社に行った。
遠くから微かに潮騒が聞こえるが、静かなところだ。
羽豆神社の境内まで行くと、久しぶりに絵馬を書いた。
僕がやっている「栄、覚えていてくれ」というブログがもっと多くの人に見られますようにという私利私欲にまみれた絵馬だった。
この神社の絵馬は多くのSKEファンやアイドルファンの願いが書かれている。「〇〇ちゃんが選抜メンバーに入れますように」とか、「〇〇ちゃんが早く昇格できますように」といったものが多い。
この絵馬一つ一つの物語を考えるのも楽しいだろうなあ、と思う。
また、この神社は縁結びの神社でもあるので、カップルの書いた絵馬もちらほらある。
僕が丁度、絵馬を書いている時にも一組、若者カップルが居た。
男性の方はアルマーニの黒いTシャツを着たガテン系の人で、女性の方も露出度の高い服を着たギャルだった。
女性の方が「こんな叶わない恋を書いてどうすんのかな」と男性に言った。うーん、世間から見るとそう見えるのか。少し寂しい気持ちになっていると、男性の方が「違うよ、この人たちは純粋に応援してんだよ。恋とかそういうのじゃなくて」と呟いた。
なんだか、少し嬉しい気持ちになった。
それから展望台に上がって、海を見た。
風が気持ちいい。どれぐらい風が気持ち良いかというと、イエモンの「プライマル」ぐらい風が気持ちいい。
そういえば、昔、羽豆岬の展望台からSKE48のメンバーが叫ぶ動画があったなあ、と思い出す。
「俺はぁあああああ、ここのぉおおおお、王だ!」という映画「ダイナー」の藤原竜也のモノマネも考えたが止めた。
浜風に目を細めながら、気持ち良い風に吹かれた。
神社から海辺の道を歩く。
8月29日は土曜日だったので、家族連れの方たちやカップルも来ている。
気に入った場所を見つけて腰をかけて、ぼうっとする。
ぼうっとするのが得意な人と苦手な人がいる。
僕はそれが苦手で、開いている時間にはどんどん情報を入れたいし、思考を回転させたい人間だ。だから、そのどちらもしない時間を作りたいと思った。チルアウトだ。
2時間ほど、波が石を噛む音を聞いた。
羽豆岬に訪れる人々が携帯電話で写真を撮って行く。
かくいう僕も撮った。
景色を写真に撮って残すというのは、データ化して思い出を所有する行為なんだなあ、と思うと共に、視覚情報を残す人は多いけど、聴覚情報を残す人は少ないな、とふと思った。
一定のテンポで響く海鳴りも、よく注意して聴くと、少しずつ違う。
ふいに波に飲み込まれたフナムシのせいかもしれないし、僕が気まぐれに投げた石のせいかもしれない。ただ、僕はその微かな変化をぼうっとみたり聴いたりする時間が好きだ。
2時間の間、ぼうっとした。
本当に素晴らしい時間だった。
多分、僕はこの時間の為に、名古屋まで来たんだろう。
もっとこういうことが出来る時間を得られる場所を探したい。
日が少し陰ってきた。
もうすぐ、夕方なのだろう。
Twitterで名古屋に住んでいるフォロワーで会える方がいないか、探したらすぐに反応があったので、その方と会って話をした。
SKEファンの方と時間をとってじっくりとお話をするのは、初めてだった。他の人のSKE48観を知ることが出来て面白かった。後日、この方には僕が、ヘロヘロになりながら書いたブログのミスを2回も教えてもらっている。ありがたい。
これから、少しずつzoomなどを使って、色々な方と話していきたいなと思っている。また、この翌日、ブログの方で掲載する対談を別の方と行ったが、こちらは5時間喋った。
帰りの新幹線の中で、小林秀雄の「ゴッホの手紙」を読んで、また考え事をした。
なんで、作品のことを話す時に、みんな身構えて話すジャンルがあるのかな、と。
たとえば、映画の評価。確実に昔よりもみんな様子を見ながら書いている気がする。
書評に関してもそうだ。
2000年代後半から10年代前半の「ダ・ヴィンチ」の特集と書評ページの堕落っぷりをみている人間としては、もうげんなりする。
だからと言って、自分がいまやっているブログで、果たして自由で読みごたえがあり、さらに多様性もあるものが書けているかというと疑問だ。
さあ、関西に帰ってからどうしたものか。
この僕の疑問は9月になって解消される。
一つは映画秘宝の町山智浩さんの『「その映画を一番好きな人に語らせる」ってこと。その映画を一番好きな人が一番面白く語れるから」というツイート。
もう一つはメディアアーティストの落合陽一と著作家の山口周の対談での、日本人は芸術を鑑賞する時に「正解を求めようとする」という山口さんの問題提起に、落合さんの「たとえば好きなラーメンを語る時には、好きな理由を言語化できるのに」というアプローチ。
この2つをヒントに僕のブログをもう少しパワーアップできないかな、と思っている。
今、対談してみたいフォロワーさんが2人いる。
まだ、会ったことのない人だし、二人とも関西には住んでいないし、ツイートを見ていると9月も忙しそうだ。でも、いつかじっくりと話してみたい。
まだ、僕の耳の中では、あの海鳴りが聞こえる。
また、いつか、戻るよ、もう少しマシになって。
こんな大変なご時世なので、無理をなさらずに、何か発見や心を動かしたものがあった時、良ければサポートをお願いします。励みになります。